第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第十六話
フォレスタル第一軍団は苦境の最中にあった。これは第三者から見れば、確かにそうかもしれない。四番目の新手が突入を開始したのだから。兵力比既に四対一。明らかに絶望的な数字であった。
しかし、戦いに参加していた将たちの認識はむしろ逆だったと言えるだろう。狭い侵入口に四個軍団が密集し、動けないでいたのだ。フランシスとウェルズリーが意図的にさげた戦線に、四個軍団が見事に誘い込まれる形になっていた。
「軍団長! このままでは」
「慌てるな。事態はすぐに変わる。第六軍団は前進せよ」
リピッシュはあえて前進を命じた。自軍団が動くことで侵入口を広く取り、味方の動きをよくしようと考えたのである。だが、この判断は誤りだった。フランシスは下げた戦線を弧状に再構築すると、第六軍団の側面から攻撃を仕掛けたのである。
「しまった!」
リピッシュはうめいたが、どうしようもなかった。横腹をさらした第六軍団は陸に打ち上げられた巨鯨のように身動きを取れないでいた。苦痛にのたうち回る第六軍団に腐乱しすらフォレスタル第一軍団は容赦なく責め立てた。たちまちのうちに、両軍の境に死体の山が築かれる。あるものは味方の死体を踏みつぶし、またあるものは、味方の死体を盾にして敵と戦っていた。
「全軍後退! もっと速く動きなさい!」
マレーネは必死で後退を命令していた。救援を出したかったが、まずはスペースを確保することが何よりも優先だった。このままでは、第六軍団はなすすべもなく壊滅してしまう。仲間を失わぬためにも、マレーネは一刻も早く兵を退かねばならなかった。
「何やってんのさ! ばっかじゃないの!」
愛馬を駆りながら、前線の様子を見たザビーネは大先輩を鼻で笑った。
「このまんまじゃ、危ないね。わたし達は左翼から攻撃するよ」
参謀長のギーゼラは、ザビーネに言った。しかし、一種の疑念を抱いていた。敵軍は半弧状の陣を敷いて第六軍団を痛撃している。しかし、左翼はがら空きの隙だらけだ。まるで攻めてくださいと言わんばかりに。罠かもしれない。第十一軍団随一にして唯一の知恵者は自らの判断に迷っていた。
その答えがギーゼラに与えられたのは、わずか数分後のことだった。狭い隙間を通過するため、長く伸びた第十一軍団の隊列。その中央の司令部の側面部にフォレスタル軍が放った矢の雨が降り注いだのである。
「敵襲です! 数、約五〇〇!」
「伏兵だって!? 味な真似をしちゃってさ!」
ザビーネは矢が飛来した方向に目を向けた。何と言う運命、何と言う偶然だろう。ザビーネは直接、伏兵した将の姿を目の当たりにすることが出来たのだから。
護衛二人の兵士と共に、アンジェラがザビーネの前に立っていた。