第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第十四話
先鋒三個軍団が激闘を繰り広げていたが、残る一個軍団は地団駄を踏みながら、後方で待機していた。ザビーネ・カーン率いるワイバニア第十一軍団である。
ワイバニア第十一軍団は十二軍団中最も残酷で、最も統制のきかない軍団として知られている。一切の降伏を許さず、一切の温情をかけない冷酷非道な殺人集団だった。それだけに兵士個人の戦闘能力は高く、下位軍団でありながら、十二軍団の中でも指折りの戦闘力を有していた。
だが、十二軍団有数の力をもつザビーネの軍団はその戦闘力を発揮出来ずにいた。狭い入り口を三個軍団が占有し続けていたのである。ウェルズリーとフランシスのフォレスタル第一軍団の手際は巧妙だった。戦線の前進、後退を繰り返し、マレーネ、リピッシュ、ヒッパーを翻弄し続けた。フォレスタル第一軍団は狭い侵入口に三個軍団を見事に閉じ込めていた。フランシスとウェルズリーはおそらく、にやにやとうす笑いを浮かべていたに違いない。二人は第十一軍団に心理的圧迫を加えていたのである。出られそうで出られない空間に閉じ込めて、気の短いザビーネにストレスを与え続けたのである。
「えぇい! いまいましい! ムカつく! いやになる!」
左右にまとめたツインテールの髪を振り回し、ザビーネは叫んだ。もともと、短気な彼女である。戦闘開始から二時間、彼女はよく我慢していたと言える。隣にいたギーゼラはイライラしながら飾りをいじるザビーネに吹き出した。
「また笑ったでしょ! ギーゼラ」
「ごめんごめん」
ギーゼラはザビーネに謝った。筋肉質の体に愛用の斧。百戦錬磨の戦士を思わせる外見は参謀には似つかわしくなかった。
しかしながら、参謀としての彼女の手腕は確かだった。エルンストやアルバートらトップレベルの参謀には遠く及ばないものの、激発しそうなザビーネを抑え、殺人者の集団をまとめあげた。第十一軍団が軍団としての機能を持っていたのは彼女の能力故だった。ギーゼラはザビーネを横目に前方を見据えた。第八軍団の影に小さな隙間が見える。少しずつではあるが、間が開き始めている。戦線が後退している証拠だ。
ギーゼラはザビーネをつつくと、何も言わずに前を指差した。鼻の頭にそばかすのある少女の面影を残した軍団長はにんまりと残忍な笑みを浮かべるとレイピアを抜いた。
「第十一軍団、左の隙間にねじ込むよ! ほら、いけいけいけぇ!」
殺意をみなぎらせた狼の集団がゆっくりと速度をあげながら前進した。