第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第十三話
ワイバニア第二軍団は最精鋭と言われた能力を十全に発揮し始めていた。
当初、優勢であったフォレスタル軍の戦線を力でおし始めたのである。これには、フランシスとウェルズリーも舌を巻いた。万事技巧をこらしたマレーネの戦術から正反対に変わったのだ。これはマレーネ自身の戦術家としての器用さを証明するものにもなるだろう。剛柔組み合わせた戦術展開を行なえる希有の女将。これが、マレーネ・フォン・アウブスブルグの真の姿だった。
マレーネの押し出した敵の戦線をリピッシュ率いる第六軍団と、ヒッパー率いる第八軍団が左右から痛撃した。二人とも確かな経験を持つ、有能な将である。緒戦の愚を再び犯すようなことはしなかった。彼らはあえて敵を包囲しようとはせず、互いにタイミングをはかると、左右交互に攻撃を繰り出したのである。
「意外とやりますな。さすがは、軍団長だ」
双眼鏡片手にウェルズリーは指で三つ編みをもてあそぶ。くるくる、くるくる。彼の頭脳の中で反撃の策が練られていく。フランシスは楽しそうに三つ編みをいじる相棒に微笑むと、彼に少しだけ時間を与えた。ほんのわずかだが、戦線を後退させたのである。一瞬だけ、マレーネの軍団に隙が生じる。ウェルズリーは、三つ編みを弾くと、フランシスに言った。
「軍団長! 左翼の軍団に攻撃を集中してください!」
「おう!」
すぐさま、フランシスはリピッシュの最先鋒に攻撃を集中した。矢と長槍の雨あられである。第六軍団の鋭鋒はたちまち、ぼろぼろの刃こぼれだらけに変わり果てた。
「全軍、後退!」
リピッシュが後退を命令した直後、フランシスは後退した戦線を一気に押し戻した。殺意と鉄の濁流がワイバニア軍を飲み込み、粉砕する。
「持ちこたえなさい! ここが正念場よ!」
ワイバニアの戦女神が将兵を叱咤した。第二軍団の精兵たちは白銀の鎧を血の紅に染め、傷を負いながら踏みとどまる。がっぷり四つに組んだまま、戦線は膠着し始めていた。