第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第十話
「ちくしょう。何だってわたしが動けないのさ。目の前に殺しがいのある獲物がうじゃうじゃいるっていうのに」
第十一軍団長のザビーネ・カーンは腕を組んだ。十二軍団長の中で最も残忍と言われる彼女は動くことが出来ない自分の状況にいらだちを覚えていた。
シモーヌはミュセドーラス平野北側入り口だけが十個軍団の侵入を可能にさせていると断じたが、実際一度に入れるのは三個軍団がやっとの幅しか有していなかったのである。これでも広い入り口であって、他の侵入口がないため、シモーヌの言葉は正しかったと言えるが、大軍にとっては攻めにくく、寡兵にとっては守りやすい地形であった。
「優等生のおばさんが出しゃばっちゃって、言わんことない。……あぁ、じれったい! むかつく!」
ザビーネは前方のマレーネに毒づいた。貧民出身の彼女にとっては、上級貴族のマレーネはへどが出る存在だった。
「ザビーネ。少しは落ち着きなさいよ。あたしだって、退屈しているんだからさ」
第十一軍団参謀長、ギーゼラ・ヴァントが言った。重武器であるトマホークをナイフのようにひらひら回した参謀らしからぬ参謀長は、じゃらじゃらついた飾りをいじる軍団長をたしなめた。
「少しは毛嫌いしないで見たらどうだい? あのワイバニアの聖母が戦っているなんて、めったにないんだからさ」
「あははっ! それで苦戦? いい気味! 日頃すかした顔しちゃってさ。ずっと前から、気に入らなかったんだ」
ザビーネはあぶみから両足を離すと、腹を抱えて笑い出した。軍団長に出世しても未だ子どものままだ。ベリリヒンゲンの泥臭い貧民街にいたときから、共に人生を歩んで来たギーゼラはザビーネに微笑んだ。
「しばらくは動くんじゃないよ、ザビーネ。動いたら、ただじゃすまないんだからね」
ギーゼラはザビーネに言った。幼なじみは不機嫌そうにむくれると、飾りをいじり出した。
戦闘開始から一時間、ワイバニア軍第十一軍団は爆発しそうなストレスを抱えながら、激闘を繰り広げる三個軍団の後方に留まっていた。