第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第八話
「あのリピッシュですら子ども扱いとは……。恐ろしい老人。第八軍団前進。敵に休む暇を与えるな!」
第八軍団長のゲオルグ・ヒッパーは自軍を前進させた。しかし、これは彼にとって大きな賭けであった。第八軍団はヒッパーの資質によってのみ成立する軍団である。大半が経験の少ない新兵である彼らでは、第一軍団の攻勢に抗しようがない。第二軍団のみで突破可能だと思われていたミュセドーラス平野入り口が、中位と上位二個軍団をもってしても小揺るぎもしない。さらなる戦力を投入して、事態を打破しなければならない。十二軍団長の中でも、グレゴールに次ぐ戦歴を持つヒッパーは判断を下した。
敵第八軍団の動きをいち早く察知したのはウェルズリーだった。
「軍団長! 敵の右翼に動きがありますぞ」
「そうか……。存分にやれ!」
フランシスの指示はたった一言であった。ウェルズリーは後方にさげていた騎兵大隊に攻撃を命じた。
「よちよち歩きの赤ん坊が背伸びして酒を飲んだと見える。ちょっと水でもぶっかけてこい」
第一軍団第一騎兵大隊はすぐさま前進すると、ワイバニア第八軍団に側面攻撃を加えた。
「くそっ! 脇腹を突かれたか。後退、後退だ!」
フォレスタル軍の騎兵がヒッパーの軍団に仕掛けたのは、わずか十五分と言われている。しかし、そのわずか十五分の間で、騎兵隊の先頭は、ヒッパーのいる司令部大隊の目前まで迫っていた。急襲可能なデッドラインを見極めて退いたフォレスタル騎兵の手際は見事だったが、ヒッパーの心情は荒れ狂っていた。ワイバニアの中で最も戦上手と言われる三人が、そろって一個軍団に翻弄されていたのだから。
「双頭の龍」この戦いに従軍し、生還した一人の兵士がこのときの第一軍団のことをこう評している。一方が左翼と中央を防ぎ、もう一方が右翼を防ぐ。ワイバニア軍を震撼させたフォレスタルの英雄が再び戦場に戻って来たのである。
ワイバニア軍後方で殿を守る第四軍団長グレゴール・フォン・ベッケンバウアーは「我が軍苦戦」との報告を受け取った。
「ほほ、さすがにピットじゃ。この手並みからすると、ウェルズリーも一緒と見える……。許せ、ピットよ。三十年来の決着、つけられようもない。いずれ地獄で出会うたら、あのときの決着を付けようぞ……」
アルマダ最古の将は密かに好敵手に詫びた。最前線では、未だ激闘は続いていた。