第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第七話
「戦いが、始まりましたな」
「うむ」
陣形の中心でウェルズリーとフランシスは戦いを眺めていた。ワイバニア軍がどのような戦い方をするか、出方をうかがったのである。
マレーネ率いる第二軍団は重装歩兵による突撃を敢行した。突進力と攻撃力に優れる重装歩兵で一気に突破口を開けようと考えたのだ。これはマレーネでなくとも、どの将も同じ手を考えたであろう。フランシスもこのことを予想し、横陣を敷いて防御に徹したのである。
ワイバニア第二軍団はうちつけられたくさびのようにフォレスタル軍の防御陣に食い込んでいた。
「マレーネ様。我が軍が勝っています。順調に敵陣を突破しつつあります!」
「そうね……」
エアハルトの報告に、マレーネは目を細めた。もろすぎる。これが名高いフォレスタル第一軍団? ワイバニア屈指の知将であるヨハネスですら手を出せなかった軍団か? スポンジに指を突っ込んだときのような柔らかな違和感をマレーネは感じていた。
「まさか……! しまった、全軍後退! 急ぎなさい!!」
「え?」
マレーネは首を傾げる副官に交代を命令した。ワイバニア軍最前線の叫びが悲鳴に変わったのはその直後である。
「うまくいきましたな」
「うむ」
フランシスは頷いた。「強いものほど弱い」フランシスの極意が陣形に集約されていた。フランシスは防御陣の部隊配置をあえて疎にさせ、比較的弱い防御を敷かせた。そして、敵軍を深く攻め込ませることで半自動的に敵を包囲したのである。マレーネが気づいたときには、槍兵の長槍と弓兵の矢が、ワイバニア軍の先頭に殺到していたのである。
マレーネはすぐに先頭の重装歩兵大隊を救出すべく騎兵大隊と歩兵大隊を投入したが、フォレスタル軍弓兵大隊の掃射を前に少なくない犠牲を出していた。
「……なんてこと……」
マレーネは爪を噛んだ。敵方の最強部隊が相手とはいえ、無様な戦いを演じてしまったのだ。このことは次席軍団長である彼女の誇りを大きく傷つけた。苦境にある第二軍団を救ったのは、冷静沈着なリピッシュ率いる第六軍団だった。彼は横陣にわずかな間隙を見つけると、一個軍団の巨体をむりやりねじりこませ、第二軍団後退の時間を稼ごうとしたのである。
「ほほぅ、大胆なことをする小せがれもいたもんだのぅ。褒美をくれてやれ」
並の軍団なら、全軍崩壊の窮地である局面に、フランシスは悠然と笑うと、後方に待機させていた攻城兵大隊に投石機攻撃を命じた。たちまち、第六軍団に石つぶての雨が降り掛かる。
「まともに戦うな! 機をみて退くぞ!」
リピッシュは投石攻撃が止んだ隙を見計らって部隊を後退させた。フォレスタル最強の軍団は、ワイバニア二個軍団を見事に手玉に取っていた。