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序章 その三

しかし、彼らは何の目算もなくメルキドへ入国した訳ではなかった。メルキドは代々武勇を尊ぶ国家であり、暗殺は下策中の下策とされていた。故にメルキドは古来より暗殺によって国内の政敵を殺めたことも、国外の指導者を殺めたこともなかった。


だが、今回の場合は事情が異なった。フォレスタルの国王と宰相がそろって入国したのである。彼ら二人が死ぬことがあれば、それは世界の半分を手に入れるに等しく、さらにフォレスタルとの戦争で疲弊しているワイバニアに侵攻出来れば、誰もなし得たことがない世界統一が成功する。これはメルキドにとって十分すぎる誘惑であった。


しかし、もっとも下策とされる暗殺という手段をとるということは、メルキドにとって後世許しがたい恥辱となるであろうことは明らかだった。


メルキド公国は武人としての矜持か世界の覇権のどちらをとるべきか揺れに揺れていた。公国首脳部は賛成派、反対派、ともにまっぷたつに分かれ、三日三晩会議が続けられた。


これはリードマンの仕掛けた心理工作であった。彼はメルキド首脳部に心理的に揺さぶりをかけることで、交渉を優位に運ぼうとしたのである。


三日間、ほとんど寝ずの会議が続いたが結論は出ず、最終的にメルキド総帥ギムレットに判断が委ねられた。


ギムレットは当時二七歳と若かったが、政治家としても軍人としても突出した才能を持っていた。最終的にギムレットは暗殺という手段をとらなかった。彼のメルキド人としての誇りが、政治家としての彼の判断を凌駕したのである。


後世、彼を認めない一部の人間達は彼を「メルキド一の愚者」とののしったが、大多数の人々によってこの考えは否定されている。


ワイバニアの歴史家、アレクサンダー・フォン・キルヒアイスはワイバニア正史の中で以下の一文を記している。


「ギムレット最高の偉業はメルキド人の誇りを守り抜いたことにある。彼がもし、暗殺の判断を下していたら、以後、メルキドは恥辱にまみれた歴史を残さねばならなかったであろう」


ギムレットは敵中深く入り込んで来た彼らの勇気に感嘆し、二人を厚くもてなした。


ジェイムズもまた、敵ながらその勇気を称えるギムレットの度量の深さに感じ入り、年齢も近かったこともあって、二人の間に友誼が芽生えた。


しかし、ギムレットは交渉のテーブルにつくと、政治家としての能力を余すところなく発現させた。彼は撤兵を条件に、カスパール川の漁業権と川底の浚渫権を要求したのである。


メルキド、フォレスタル国境であるカスパール川は良い漁場であり、川底は金などの鉱床があり、地下資源の宝庫であった。カスパール川の権利を譲ることは、フォレスタルにとって手足をもがれたに等しい大損害であったのである。


老練な政治家であるリードマンはこの若き総帥の手腕に舌を巻いた。フォレスタルにとって、メルキド側の提示した条件は飲むことが出来ないものだった。

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