第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第四話
フランシスは陣形の外に出ると、既に待っていたマレーネに相対した。その様はどちらも威風堂々。凛々しきワイバニアの聖母の姿に、前線の兵士の中には、ため息すら漏らす者もいた。
マレーネはフランシスの姿を認めると、馬からおり、深く一礼した。
「初めてお目にかかります。ワイバニア帝国軍第二軍団長マレーネ・フォン・アウブスブルグです。フランシス・ピット軍団長とお見受けいたします」
ピットは馬からおりると、マレーネに返礼した。
「フォレスタル王国、第一軍団長フランシス・ピットじゃ。お主がうわさの”ワイバニアの聖母”か。わしの孫娘には及ばんが、このような美しいご婦人に会えるとは、寿命が伸びる思いじゃ」
フランシスは冗談まじりに言った。マレーネは聖母のような微笑みを浮かべると、フランシスに告げた。
「ピット軍団長。単刀直入に言います。どうか、降伏していただきたいのです」
ピットはマレーネの言葉に片眉をピクリと上げた。
「私達は無益な殺生を好みません。戦わずにことをすすめたいのです。私は兵士の命を、家族を守りたいのです。どうか、聞き入れてはもらえないでしょうか?」
荒野にマレーネのソプラノの声が響き渡る。風の音すら止んだ、一切の無音。この場にいた兵士、将の誰もがフランシスの言葉を待っていた。
「……ふむ」
あごを手に、フランシスは考える仕草をした。無言による重圧。木の葉ですら動くことが出来ないほどの緊迫の中で、フランシスはマレーネを見据えると、ひとこと言った。
「出来ん相談じゃな」
歴史上、最も爽快で、最も決定的な「NO」が発せられた瞬間だった。