第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第三話
フランシスの命令から十数分後、タワリッシ、スプリッツァーの詰める連合軍総合指揮所にワイバニア軍との戦端が開かれたとの報告がもたらされた。
「ついに来たか……」
タワリッシは拳をたたいた。
「将軍、ワイバニア軍がミュセドーラス平野に全て入らなければ、この作戦の意味はありません。第一軍団は意図的に陣形を突破させるはずです」
「わかっている。鶴翼をせばめなければなるまい。だが、問題はその時期だ。判断を誤れば、その時点で我々は負ける」
タワリッシは腕を組んで陣形図を見つめた。そこには10万の大軍に孤軍立ち向かうフランシスの軍団の姿があった。
「全軍、停止」
先鋒軍を率いるマレーネは、フォレスタル軍目前で、その進軍を停止させた。
「マレーネ様!」
副官のエアハルトが泣き出しそうな声を上げた。英明な副官は彼女がどんな行動に出るかよく理解していたのである。
「やっぱり、戦わずにすむならば、そうしたいから。後悔したくないの。心配しないで。エアハルト」
弟を見るような優しい目で、マレーネは言うと、馬を駆り、前線へと走り出した。
「軍団長! 第二軍団長が!」
「マレーネ殿らしい。全軍停止。一切手出し無用だ」
副官の報告に、第六軍団長のリピッシュは、小さく頷いて命令した。
「何さ! いいこぶってさ……」
第十一軍団長のザビーネは、あぶみから足を離すと、吐き捨てるように言った。
「そうか……。お前達もよく見ておけ。戦うばかりが戦いじゃないということだ」
第八軍団長のヒッパーは部下達に命じると、事態の静観を決め込んだ。
「ん? 敵の騎兵が一人、前に出てきたようですな」
「おそらく、この軍を率いる将の一人だろうて……少し興味がわいた。行ってくる」
フランシスは双眼鏡をウェルズリーに投げると、愛馬を駆け出した。
「あ、あぁもう! 軍団長! 年のくせに無理して……」
齢七十二。最年長の参謀長はため息をつくと、相棒を見送った。
「第一軍団、全員手出し無用だぞ。軍団長が戻るまで待っていろ」
ウェルズリーは呆れ顔で命令を飛ばした。このようにフランシスが無鉄砲でいられるのも、ウェルズリーを信頼してのことだった。おそらく、ウェルズリーなしでは、こうも即決を下さなかったであろう。ウェルズリーが引退して以来、フランシスは自身の戦術行動に制約をかけていた。用兵において、常に堅実を心がけた。突発的な攻撃、防御に対する柔軟な舞台運用を彼一人では出来なかったからである。それほど、彼が抜けた穴は大きかった。
しかし、ウェルズリーが戻り、古参の熟練兵が復帰したことで、第一軍団は往時の強さを取り戻した。気力、士気ともに十分。軍団全体からみなぎる熱気をウェルズリーは感じていた。