第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第二話
「全軍、そのままの速度で進撃。菱形陣を崩さぬように、他の軍団にも通達なさい」
ワイバニア軍第一陣の総司令官である第二軍団長のマレーネ・フォン・アウブスブルグは言った。
ワイバニア軍は全軍をほぼ三つの集団に分けていた。一つは第二、第六、第八、第十一軍団で構成される先鋒軍。つづいて、第一、第三、第七、第十二軍団で構成される中軍。そして、最後に第四、第九軍団で構成される後衛軍だった。とりわけ、後衛軍の役割は重大で、万一のときに退路を確保する殿軍と必要時に応じて投入される予備兵力として局面に応じて柔軟に動かねばならなかった。それには、ワイバニア軍の中で最も経験豊富なグレゴールが最適任だったのである。
全軍としては巨大な蜂矢の陣を敷きながら、ミュセドーラス平野に突入し、連合軍の両翼をを分断し各個撃破するのがワイバニア軍の戦略構想だった。
「これは大したものじゃ。王者の進軍ここにありと言ったところか」
かつてない大軍を前に、フォレスタル第一軍団長フランシス・ピットは悠然と笑った。
「笑っている場合ではありませんぞ。軍団長」
からから笑うフランシスに長い白髪を三つ編みにした男が言った。第一軍団参謀長。キングストン・ウェルズリーである。
「相変わらずですな。軍団長は」
自慢の三つ編みをいじりながらウェルズリーは言った。フランシスとウェルズリーが組んで半世紀にもなる。10年前に老齢を理由に引退したが、このミュセドーラス平野の大決戦に先駆け、フランシスの要請により現役復帰したのである。このウェルズリーだけでなく、フランシスは退役した老兵、古参兵に直に声をかけ、現役復帰を呼びかけた。
「若い者を死なせてはならない。アルマダとフォレスタルの未来のためにもう一度力を貸して欲しい」
フランシスは彼らに何度も頭を下げた。しかし、彼らのうちの何人かは頑に復帰を拒んだ。勝っても負けても、この戦いで部隊は全滅するのである。平和な暮らしを手に入れた彼らには受け入れられることではなかった。しかし、それでも、フランシスが声をかけた多くのものが戦線に復帰した。フランシスと共に戦い、散って行きたい。彼らの多くがそう望んだのである。
「お前には本当にすまないと思うとる。キングストン」」
フランシスは傍らにいた右腕に声をかけた。
「何。わたしももう、七十二です。十分に生きた。それに、よぼよぼと朽ちて行くのはわたしの趣味ではありませんしな」
「そうだった。お前は昔から、洒落にうるさい奴だったからな」
「今もそうです。……それでは、かねてよりの陣形になさいますかな」
「おう! 第一重装歩兵大隊、第一機動歩兵大隊は横陣用ー意!」
七十歳の高齢とは思えぬ程の大きな声で、フランシスは号令した。フォレスタル軍最精鋭軍団はフランシスの号令一下、迅速に兵を動かした。
「坊に伝えぃ。第一軍団、これより敵と交戦すとな」
急にフランシスの表情が変わり、声が低くなった。好々爺の仮面を脱ぎ捨てたフォレスタルの戦神の真の顔。ワイバニア軍はこの老境の武人に戦慄することになる。