第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第一話
星王暦2183年7月17日、後に「激動の7月」と呼ばれる星王暦2183年7月、その最も苛烈な一日が幕を開けた。このミュセドーラス平野で行なわれた会戦はミュセドーラス平野の会戦と三国の史書に記されることになるが、巷間に広まった呼び名はいささか異なっている。ミュセドーラス平野大決戦。これが広く流布された呼び名であった。
なぜ、一会戦であるのにも関わらず、このような名が広まったか。それはこの戦いが前例のないほどの大規模であり、三国が同時に激突した史上唯一の戦いであったためである。動員された兵力は、ワイバニア帝国10個軍団10万5千人、メルキド公国4個軍団4万人、フォレスタル王国4個軍団4万人である。また、後方の支援に当たった部隊や非正規戦部隊を含めれば、その数を大きく上回る。これは、現時点で三国が出しうる最大限の兵力であり、この戦いが終わったとき、どの国も戦いを続ける余勢はなかったと言われている。
三国最強の将帥と、三国最強の軍団が激突した史上初めてにして、最後、そして、最大の決戦がミュセドーラス平野大決戦であった。
荒れ果てた大地に生暖かい風が吹きすさぶ。ワイバニア帝国軍の巨体がv決戦の地にどっしりとその足音を響かせた。
「これが、ワイバニア帝国軍……」
ワイバニア軍とフォレスタル、メルキド連合軍の双方が見渡せる小高い丘に、フォレスタル軍第五軍団アルレスハイム連隊連隊長アンジェラ・フォン・アルレスハイムは立っていた。彼女はその大軍団に身震いした。10個軍団の大進撃である。話や書類で知り尽くしているはずだった。だが、実際目にすると圧倒されてしまう。
有能な軍団長達が指揮する整然と統率された隊列。明確な殺意を持って迫り来る10万の兵。味方にしてみれば頼もしいが、敵に回せばこれほどの恐怖感を抱かせるとは……。汗が一筋たれるのをアンジェラは感じていた。
「大した軍団ですね。うちの弱小連隊とはえらい違いだ」
隣で双眼鏡を見ていた参謀兼副官のレイが言った。三国の軍事情に明るいレイですら、これほどの進軍を間近で見たのは初めてだった。アンジェラはレイを見た。よく見ると、唇が震えている。恐れているのだ。地上最強の軍団を。恐れているのだ。地を埋め尽くす兵の群れを。アンジェラはレイの肩に手を置いた。
「謙遜するな。私達の連隊は一個軍団に匹敵する。そうだろう? レイ」
笑っているように見えただろうか。引きつって見えてはいなかっただろうか。部下達を鼓舞する笑みも、10万の兵の前では、いささかながら曇っているかもしれない。アンジェラは再び副官の顔を見た。
「もちろんです。さすがに、上位軍団には及びませんがね。並の軍団なら渡り合えますよ」
レイは乾いた唇を舐めると、アンジェラに返した。
「ようし。アルレスハイム連隊の初陣だ。せいぜい敵を驚かせてやるとしよう」
アンジェラとレイの背後に完全武装の2,000の兵の姿があった。フォレスタル軍初の騎兵と歩兵による遊撃機動連隊、アルレスハイム連隊がその全貌を現した。