第五章 決戦! 第八十八話
メルキド公国の大本営、総合指揮所になる総帥専用馬車に二人の英雄の姿があった。メルキド公国総帥スプリッツァーと大将軍タワリッシである。
「今夜は眠れんな」
タワリッシは寝酒に用意した強い蒸留酒をあおった。
「将軍、程々にされよ。酒は薬にもなるが、度を過ぎれば毒にもなる」
メルキドの最高権力者は苦笑いした、アルマダを代表する将もまた、この大決戦を前に穏やかではいられないのだ。スプリッツァーは自分のグラスにぶどう酒を注いだ。
「もう、誰も死ぬ姿は見たくはない……。誰も」
「ヴィヴァ・レオのことはすまなかった。俺が立てた作戦がふがいないばかりにな……」
「いえ、あいつは自分の意志で、勝利を信じて死んでいったのです。将軍が気に病むことではない」
「その上、名高いフランシス・ピットのフォレスタル第一軍団まで、確実に失わせるのだ。我ながら、無能さに腹が立つ」
酒毒が回り始めたのか、タワリッシは自嘲した。勇壮、剛胆でならすタワリッシがこのような心情を吐露することはめったにない。スピリッツァーが目の前にいるからこそ出せることだった。
「将軍、お気をお鎮めになられよ。アポロンが戦場に現れれば、勝利は我らのものです。あれの建造を進められたのは、将軍ではありませんか。明朝は陣頭に立ち、指揮をなされよ。明日は決戦です。将軍の勝利を信じています」
スプリッツァーはタワリッシの手を固く握りしめた。かつてない動員規模、戦術。これらを指揮出来るのは、タワリッシしかいない。人徳にあふれるメルキド総帥はタワリッシに心からの信頼を置いていた。