第五章 決戦! 第八十六話
夜の野営地をシラーとベティーナは二人歩いていた。平野を吹く風がやけに冷たい。7月だというのに、どこか亡霊に魅入られたかのような寒気すら感じる風だった。
「いやな風ね……」
ベティーナは愛剣に手をかけながら歩いていた。何かにおびえるような、得体の知れないものをおそれているような感じをシラーは抱いていた。
「どうしたんですか? いつもの先輩らしくありませんよ」
「嫌な予感がするの。今までとは何か違う。きっと悪いことが起きる。……そんな気が」
ベティーナは立ち止まると、身震いを抑えるように両手で身体をつかんだ。
「先輩、大丈夫ですって。右元帥の作戦は悪くない。俺たちがうまくやれば、勝利は確実です」
「違う! いちばん心配なのは、あなたよ!!……もしかしたら、ハイネ君や、ヴィクター君、私のために命を投げ出しかねないもの。私、嫌なの……。あなた達を失うのが……」
ベティーナは顔を伏せて泣いた。言いようもない恐怖感と喪失感を感じているのだろう。少し長くなった髪をめんどくさそうにかいたシラーはマントを脱ぐと、ベティーナにそっとかけた。裏には小さく第三軍団の紋章である、稲妻の蒼龍が刺繍されていた。
「先輩。俺のマント、先輩に預けておきます。きっと取りにいきますから」
シラーはベティーナに言うと、彼女の頭に手を優しく乗せた。
「シラー……」
「そんな顔しないでくださいよ。後輩とはいえ、上位軍団長からのお願いです。たまには聞いてください」
涙でぐしゃぐしゃになったベティーナの顔から目を背けて、シラーは言った。苦しい戦いになりそうだ。ベティーナをなだめたシラーは思った。アルマダ史上最大、そして、最後になるであろうミュセドーラス平野の会戦前夜は、それぞれのワイバニア軍団長の思いを秘め更けていった。