第五章 決戦! 第八十四話
ワイバニア軍の灯りが見える高台、フォレスタル軍アルレスハイム連隊参謀レイ・ロックハートは遠くにワイバニア軍を見据えながら、笛を吹いていた。灯り、旗印、夜の闇にまぎれてはいたが、レイはその陣容を詳細に把握していた。
もともと、ヒーリーやメアリと並ぶ英才である。その陣容を見ずとも、おおよその陣形を予測出来た。自分の仮説が正しいかどうか、彼は確認する必要があった。
「いい、音色だな」
レイの背後から女の声がした。
「連隊長。私の数多い趣味の一つですよ。戦うにも、戦うのを止めるにしても、芸術はその糸口になりますから」
「そうか……」
アンジェラは短く言うと、レイの笛に耳を傾けた。美しい調べ。遥か遠くからの竪琴の音とあわせるかのように笛を奏でるレイの背をアンジェラはじっと見ていた。
「音楽だけだったら、こんなにも分かりあえるのに、どうして明日戦わなければならないんでしょうね」
「レイ……」
悲しそうにつぶやくレイにアンジェラは何も言えなかった。自分だけではない。部下もまた、戦うことに悩んでいるのだと。アンジェラは一歩前に出るとレイの肩を叩いた。
「戦うことに迷いはあるか? レイ」
「いいえ。ただ、悲しいだけです。竪琴の音を聞くんじゃなかった……」
「向こうも同じことを考えているだろうな……」
レイは遠くワイバニアの陣を見渡した。恋人を思うような遠い目をしていたが、すぐに視線をアンジェラに戻して言った。
「連隊長。俺は、奴らと戦います。連隊長の同胞を殺すことになります。それでも、俺たちには、フォレスタルには死んで欲しくない奴が大勢いるのです。彼らを守るために、俺は戦います」
レイはアンジェラに言った。暗がりでも分かるほどの鋭い眼光。もう、迷いはない。アンジェラは確信した。
「あぁ、私もだ」
アンジェラもレイに応えた。ワイバニア軍には今も彼女の師や戦友、部下が大勢いる。
だが、フォレスタルにもアンジェラの仲間が大勢出来た。自分を信じてくれた友も部下も、そしてアンジェラにあとを託し死んでいく先達も。彼らのために戦いたい。月光に金の髪をきらめかせた美しき女将は密かに覚悟を決めた。