第五章 決戦! 第八十二話
星王暦2183年7月16日夜、ワイバニア軍はミュセドーラス平野入り口目前で、最後の野営を行なっていた。連合軍の夜襲があるかもしれない。中級指揮官は戦々恐々としていたが、軍団長達は悠然としていた。
「夜襲を仕掛けるのは、まるで意味がない。唯一絶対の勝機である地の利を捨てて我が軍と戦うのだ。自殺行為以外の何者でもない」
第六軍団長のオリバー・リピッシュは部下に言った。冷静にして剛胆な彼の言葉は、そのまま第六軍団の気質を表していた。ワイバニア第六軍団は、山のように悠然とミュセドーラス平野に向けて展開していた。
他の軍団長も彼に倣い冷静に部隊を展開させていた。ただ一人をのぞいては。
「見張りを倍に増やしな! いつでも軍団が動けるように準備を怠るんじゃないわよ! 夜襲を仕掛ける奴がいたら、真っ先に皆殺しにしてやるんだから!」
第十一軍団長のザビーネ・カーンは楽しそうに命令したという。それもまた、彼女の気質を色濃く表していたと言える。十二軍団中最も血塗られた軍団である第十一軍団はいつでも獲物を求めていた。だが、これが彼女達の運命を変えることになるとは、その時のザビーネは知る由もなかった。
第二軍団長専用テントの前に、初々しい少年の姿があった。第二軍団長付き副官、エアハルト・シュライエルマッハである。
「エアハルト・シュライエルマッハ、報告のため参上いたしました」
「どうぞ」
テントに入った少年は目を覆った。あこがれの軍団長が、艶やかな寝間着に身を包んでいた。その生地は薄く、マレーネの白く美しい身体が見えるほどだった。
「も、もも、申し訳ありません! 僕、後ろを向いてますから!」
耳まで真っ赤にした副官の初々しい反応に、マレーネは微笑むと、ガウンに袖を通し、ベッドに腰掛けた。
「いいのよ。私が入ってと言ったのだから。男ばかりの軍に長くいるのだもの。裸を見られても、どうってことないわ」
「ま、マレーネ様が気になさらなくても、僕は……」
「大丈夫だから。今、ガウンを着たから、こっちを向きなさい。それとも、こんなおばさんの身体を見るのは嫌かしら?」
「そ、そんなこと!」
エアハルトはかぶりをふってマレーネの方を向いた。女神様のようだ……。17歳の若き副官は思った。ほのかなろうそくの光に優しく照らされる金髪。ガウンの下からのぞく肌、すらりと長く伸びた手足、母性をたたえた微笑み。自分の上官はこんなにも美しい人だったのか。エアハルトはマレーネから視線を外せずにいた。