第五章 決戦! 第七十一話
「あれか……」
ワイバニア軍特務部隊雁隊長のダーヴィト・フォン・ベーレトは双眼鏡越しにフォレスタル軍の隊列をとらえた。護衛を伴っているが、無防備に近く、馬車の速度も遅い。まるで、襲ってくださいと言わんばかりの隊列だった。
「妙だな」
ベーレトは双眼鏡を下ろした。ダーヴィト・フォン・ベーレトは今年36歳。実戦経験だけならば、ワイバニア最長の軍歴を誇るグレゴールにも匹敵するほどの猛者だった。グレゴールが対外の会戦を戦い抜いてきた生粋の将とするならば、ベーレトは生粋の戦士だった。地方都市の反乱から、メルキド、フォレスタルとの対外戦、ありとあらゆる戦場で戦い、生き残ってきた彼は戦闘という戦闘を知り尽くした戦術家であった。
実力のみで出世出来る軍団長という職に彼は縁がなかったわけではない。軍団長位が空位になるたび、彼を推す声が上がったが、彼はその度に固辞し続けた。
戦争の空しさ、戦闘の悲惨さ、むごさを人一倍知る彼は、軍と言う組織を常に否定し続けていた。彼は軍から離れ、家庭生活を営んだが、戦場は彼を手放さなかった。
戦いが彼の精神を知らず知らずのうちに蝕んでいたのだ。ベリリヒンゲンの平和な光景、幸福な家族との会話。常に命のやり取りを交わしてきたベーレトの目には戦場よりもおぞましいものに映ったのかもしれない。彼の心は血と闘争を渇望するようになっていた。
そんなベーレトに手を差し伸べたのが、一時彼の上官だった左元帥ハンス・フォン・クライネヴァルトだった。ハンスは戦士としての心と父、夫としての心の板挟みで苦しんでいたベーレトに戦う場所と生きるべき場所を与えた。これが、傭兵特務部隊「雁」のはじまりである。
戦いに苦しんでいた男を救うことが出来たのが、戦いであったとは、何と言う矛盾であり、皮肉であり、悲劇であっただろう。以来、彼らは、ワイバニア正規軍の影で戦いを続けている。
「妙ですね。隊長」
副官のツェルナーがベーレトに言った。
「お前もそう思うか」
「敵の隊列は素人です。信じられません」
敵方のお粗末な隊列は百戦錬磨の二人に警戒心を抱かせた。敵の正規軍が補給に兵力を割くほどの余裕はない。味方ですら同じ状況なのだ。練度、武装で劣る地方軍が護衛についたとしても。隙がありすぎる。攻撃命令を出したくても出せない。ベーレトは戸惑っていた。