第五章 決戦! 第六十九話
「それでは、ヒーリー、後を頼む」
「お任せください。兄上」
アトラスに跨がったエリクはポーラを後ろに乗せると、ヒーリーに言った。
「頑張ってね。ヒーリー」
「あぁ」
ポーラは少し心配そうな表情を浮かべたが、ヒーリーは笑って返した。彼の手には新しい魔術銃アストライアが握られていた。「神の妻」を意味する最新最強の魔術銃。ポーラに渡されるのを、制作者であるラグ自身が願っていたのかもしれない。
夕方に近い時刻、本来なら、陣中に留まるべきところだったが、エリクは出立を決意した。出立の時期が遅れるほど、危険度が増大するためだった。ワイバニア軍との激突まで数日。連合軍が制空権を握っていられるのもあとわずかだった。いかに最強の翼竜に乗り、フォレスタル最強クラスの武人に匹敵する武勇を持っていても、ポーラを守りながらでは戦闘に巻き込まれた時、不利は必至だった。そのため、エリクは一刻も早く安全圏に避難する必要があった。
「では、また、王城でな! ヒーリー!」
エリクはアトラスの翼を羽ばたかせると、空へと舞い上がった。
「ご無事で! 兄上! ポーラ!」
小さくなるアトラスの影をヒーリーはいつまでも見送っていた。
ミュセドーラス平野に続く脇街道の北方の森。息をひそめて集結する集団があった。特務部隊「雁」ワイバニア軍の非正規戦部隊である。
森の中に設営された小さなテントに筋骨隆々した男が入っていった。テントの中は小さな机がひとつあり、上には酒瓶と地図が置かれていた。テントの中にいた男達はどれも一癖も二癖もある男達ばかりで、体についた無数の傷が、彼らのくぐってきた修羅場の数の多さを物語っていた。男は上座に座っていた男に敬礼した。
「ベーレト隊長、見張りから報告です。敵補給部隊の隊列を発見したとのことです」
雁隊長のダーヴィド・フォン・ベーレトは閉じていた目を開いた。
「ようやく、お出ましときたか。こいつらを盛大に燃やせば、連合軍の奴ら、慌てふためくぞ」
「翼将宮の左元帥閣下からは、攻撃を許可すると通知が来ています」
「そうか……」
ベーレトは椅子から立ち上がると、軍服を羽織り、テントの外に出た。外に出た彼を、心地の良い殺気が襲いかかる。触れた途端に、並の人間を殺してしまうほどの禍々しい殺気。獣すらおびえて逃げ出した死の森に、彼の配下3,000人がじっと牙を研ぎすましていた。
「待ちわびた時が来たぞ! 狼ども! 目標は敵連合軍補給部隊。脇街道を西上する部隊を側面から奇襲する!」
ベーレトは鞘から剣を引き抜くと、高らかに号令した。彼の声に、兵士達は沈黙で答えた。感じただけでも人を殺しかねないほどの殺気。その研ぎすまされた殺気だけが兵士の答えだった。
星王暦2183年7月14日、フォレスタル軍補給部隊に危機が迫っていた。