第五章 決戦! 第六十八話
作戦室周囲の人払いをさせたヒーリーは馬車近くにある大きな木の下にポーラを連れて行った。
「ごめん。ポーラ」
「当たり前ね。メアリ姉を抱いてたんだから」
謝るヒーリーにポーラは腕を組んでそっぽを向いた。王城では当たり前の主従の逆転劇がシンベリンから遠く離れたメルキドの地でも繰り広げられていた。
「本当にごめん。ポーラ……」
申し訳なさそうに頭を下げるヒーリーに、ポーラは顔を真っ赤に染めると、勢い良く鞄を投げつけた。鞄のロックが外れ、中から大きな魔術銃がこぼれ落ちた。
「あーもう! メアリ姉といい、ヒーリーといいメソメソしちゃって! アンタ、4万の兵を率いる大将なのよ! しゃきっとしなさいよ! 私に好きと言えないで、どうしてワイバニア軍なんか倒せるの!? どうして、4万の兵がついてくるのよ!」
ポーラが言い終えた数秒、二人の間を沈黙が支配していた。
ポーラは前とは別の意味で顔を紅く染め、ヒーリーはヒーリーで、ポーラの剣幕に圧され切ってしまったのである。ヒーリーは地面に落ちたアストライアを拾うと、器用に銃をまわし始めた。ヒーリーにしては、何の考えもない、手のごまかしに過ぎない動きで、何かを必死で落ち着かせようとしている。そんな動きだった。アストライアが空気をきる音が、ポーラの心臓をより高鳴らせていた。
「かっこわるいなぁ……。気持ちを打ち明ける時は、俺から言おうと思ってたんだけどなぁ……」
ヒーリーはアストライアを回転させるのをやめると、ポーラの目を見た。その目は自信に満ち、数秒前のヒーリーとは別格の精悍さを漂わせていた。
「君のことが好きだ。ポーラ」
「好きだ」単純なこの言葉を口にするのに、二人はどれだけの時間と勇気を必要としたことだろう。ヒーリーは一歩一歩、ポーラに近づいた。
「わ、私もヒーリーのことが好き」
「うん」
ポーラは固まったまま、自分の気持ちとは裏腹の言葉を吐き出した。
「私は、メアリ姉やイスラ様のように家柄も良くないし」
「でも、俺はポーラのことが好きだ」
「陛下やエリク様だって、きっと許さないわ」
「大丈夫。そんなことはしない。仮にそうであったとしても、俺が皆を納得させる」
「私なんかより、ずっと綺麗で、素敵な人が……」
ポーラの唇をヒーリーの唇が塞いだ。ポーラは驚いて体をじたばたさせたが、ヒーリーが彼女を強く抱きしめると、抵抗をやめ、ヒーリーに身を預けた。いつの頃からだろうか。ヒーリーに想いを抱くようになったのは。手のかかるご主人様から、いつの間にか、かけがえのない人に変わっていったのだ。
ヒーリーとポーラは、時が許すまで、固く抱きしめあっていた。