第五章 決戦! 第六十六話
メアリとポーラは走った。給仕服姿とは言え、ポーラの足は速かった。軍服のメアリの方が圧倒的に動きやすかったが、二人の間はなかなか縮まらなかった。
「ポーラ、待って!」
息を切らし、メアリは叫んだ。第五軍団の陣地から少し離れた木の下で、ポーラは立ち止まった。二人は何も言わず、肩を揺らし、大きく息をした。
「ポーラ……っ!」
顔を上げたメアリの頬にポーラの手が飛んだ。メアリの眼鏡が飛び、崖の遥か下まで落ちていった。
「ごめんなさい……。私」
「何それ!? メアリ姉、私の気持ち知ってたじゃない! 何で……」
「ごめんなさい。ポーラ……。本当に、でも、でも……」
「いいよ……。メアリ姉の気持ち、分かったから……」
ポーラはメアリを無視して歩き去ろうとした。メアリはそのまま一瞥もしないポーラの肩をつかむと抱きしめた。
「メアリ姉、離して!」
ポーラは言ったが、メアリはポーラにしがみつき、離そうとしなかった。
「聞いて、ポーラ。私、ヒーリーにふられちゃった。彼に気持ちを伝えたわ。けど、好きな人がいるからって」
「そんなことで怒ってるんじゃない。メアリ姉、離してよ!」
「あなたを裏切り続けていたのだもの。嫌われて当然よ。でも、こんな思いでヒーリーに会って欲しくない。私が好きなあなたで、ヒーリーが好きなあなたのままで彼に会って欲しいの!」
「そんなの……。メアリ姉の勝手じゃない! 私、私は……」
「そこまでにしてあげなさい」
ポーラの頭上で、優しげな声がした。ポーラが後ろを見上げると、顔に大きな傷を負った金髪の美女が立っていた。
「アルレスハイム様……」
ヒーリーの信頼厚い盟友は優しく微笑むと、ポーラを抱き寄せた。
「軍団司令部に所用があって戻ったのだが、ただならぬ様子のあなた達を見つけたので、すまないがあとをつけさせてもらった。ポーラ。ヒーリー殿に非はない。あなたのことを懸命に想っている。それに、参謀長殿を責めるな。ずっとあなたのことで、自分を責めていた。苦しんでいたんだ。分かってやって欲しい」
ポーラは泣き崩れたメアリを見た。言葉にならない嗚咽を漏らすメアリにポーラは何も言えなかった。
「ポーラ、参謀長殿を許せとは言わない。ただ、参謀長殿を理解してやって欲しい。もうすぐ、ここは戦場になる。ヒーリー殿に会える時間は少ない。彼も、そして私も命をかけた戦いをすることになる。もちろん、参謀長殿も。これが、最後になるかもしれない。分かってやって欲しい。後悔のないように……」
アンジェラの言葉に、ポーラは頷いた。アンジェラはメアリを助け起こすとその胸に抱いた。
「ごめんなさい……。ごめんなさい」
うわごとのように謝罪を繰り返すメアリを抱いたアンジェラは、ポーラに言った。
「さぁ、戻ろう。ヒーリー殿が待ってる」
三人は森をかきわけ、司令部へと帰っていった。




