第五章 決戦! 第六十四話
星王暦二一八三年七月十四日午後、フォレスタル王国王太子エリクシル・エル・フォレスタルとヒーリー付きの侍女、ポーラ・ワイズマンを乗せたエメラルドワイバーン、アトラスはメルキド・フォレスタル連合軍総合指揮所、総帥専用馬車に着地した。
ヒーリーの陣中見舞いこそが目的であったが、礼儀上、連合軍を率いるタワリッシ、スプリッツァーにあいさつをする必要があったのである。エリクはスプリッツァーと固い握手を交わした。
「お久しぶりです、義兄上。お元気そうで何よりです」
「元気なものか。作戦とはいえ、公都を放棄し、親友を死なせたのだ。この上、お前達の師をも殺そうとしている。不出来な義兄を笑いたければ笑ってくれ。……この度の援軍、公国を代表して感謝する。これで、我々は奴らと互角に戦える」
自嘲めいた口調をしていたが、スプリッツァーの目は死んでいなかった。どんな犠牲を払ってでも敵を打ち倒してみせる。スプリッツァーは気迫と意志に満ちていた。この主の許に集った兵ならば、犬死にはない。エリクはうなづいた。
「エリク殿下。ヒーリー軍団長はこの指揮所の後方にいる。今回の目的はそれだろう?」
タワリッシは遠慮なくエリクに言った。幼少の頃、メルキドの人質であったエリクに戦術論を叩き込んだ師である。エリクの将器と王器を父ジェイムズ以上に認めつつも、やはり弟子はいつまでも弟子というようだった。エリクは師の態度に苦笑すると、タワリッシに言った。
「大将軍にはかないませんね」
「お前は戦わないのか?」
「戦いたいのはやまやまですが、国を代表するものが二人もいたのでは、指揮系統が混乱しますし、ヒーリーもいます」
「お前もヒーリーと同格の戦術家だろう?」
「わたしにはあいつほどの才能はありませんよ」
「独創性はな。だが、常に選択は間違いなく、戦理にかなっている。それに強い精神も持ち合わせている。それはヒーリーに欠けているものだ」
エリクは師に背を向けると、ドアノブに手をかけた。
「大将軍、わたしの思いはヒーリーと共にある。ヒーリーのとる戦術は、わたしのとる戦術です」
「信じているんだな」
「王太子である前に、兄ですから」
エリクはドアを開き、作戦室を出て行った。ドアのそばではポーラが魔術銃アストライアの入った鞄を重そうに抱えていた。
「ポーラ、待たせてすまなかった。ヒーリーは後方の陣にいる。急ぐとしようか」
エリクはポーラの手を引くと、主を待つ翼竜へと連れて行った。