第五章 決戦! 第六十三話
「軍団長。少し、お休みになってください。昨日も寝ていないのでしょう?」
司令部大隊長のモルガンが立派なカイゼル髭を揺らした。百戦錬磨の大隊長は戦場での力の抜き方を知っていたが、若いヒーリー達はそうはいかない。モルガンなりの思いやりだった。
「ありがとう。モルガン隊長。だが、休んではいられないよ。ワイバニア軍はもうそこまできているのだからね」
「モルガン隊長、副軍団長。悪いけど、少し席を外してもらえるかしら?」
メアリは二人に目配せをすると、作戦室から人払いさせた。
「どうしたんだ? メアリ」
「あなた。昨日からずっと、私に目を合わせないわね。お祖父様のことでしょう?」
「あぁ……」
「作戦のことは理解していると言ったはずよ。今度のことは、私もお祖父様も納得してる。だから、もう責めないで」
ヒーリーはうなだれた。いっそのこと、メアリに罵倒された方が気が楽だったかもしれない。覚悟していたこととは言え、ヒーリーの精神は半ば壊れかけていた。
「すまない……本当にすまない……」
机に敷かれた作戦図に染みが出来た。ヒーリーは大粒の涙を流し、泣いていた。声にならない叫びが作戦室に響いた。メアリはヒーリーを抱きしめると、一緒に泣いた。涙の意味が何を意味するか、それは本人達にしか分からなかった。どちらも数日後に親しい人を失うことになる。それだけは確かだったから。
ひとしきり泣き終えた二人は、抱きしめあった姿勢のまま、時を過ごしていた。どちらも離れようとすれば出来たのだが、ヒーリーもメアリもそれをしようとしなかった。
「ねぇ、ヒーリー」
メアリはヒーリーの耳元でささやいた。
「私、ヒーリーのことが好き。……ずっと、ずっと前から」
「ごめん。でも、俺は……」
「わかってる。ポーラのことでしょう? だから言えなかったの」
「メアリ……」
「ごめんなさい。今は何も言わないで。あなたを抱きしめさせて。それだけで、それだけで私はいいから……」
ヒーリーは頷くと、メアリに体を委ねた。叶わない想いだった。メアリは涙を一筋流すと、ヒーリーを優しく抱きしめた。