第五章 決戦! 第五十七話
星王暦二一八三年七月十二日、帝都ベリリヒンゲン中心部、内務大臣マクシミリアンの私邸から馬車で一〇分ほど走ったところにあるとある邸宅で、内務大臣夫人マリア・フォン・クライネヴァルトは目を覚ました。
「ここは……」
マリアは周囲を見回した。白い壁に簡素なベッド、そして消毒液の香り。彼女の身の回りのもの全てが気を失うまで親しんでいたものと異なっていた。
「お気づきになられましたか?」
傍らで本を読んでいた女がマリアに尋ねた。マリアが小さく頷くと女は優しく微笑んだ。
「今、人を呼んで参ります。そのまま気を楽になさっていてください」
女はマリアに一礼すると、部屋を出て行った。マリアは理解出来なかった。自分は殺されたはず。夫を殺した暗殺者に。……けれど、今、自分はベッドに寝かされている。誰かが助けに来てくれたのだろうか。しかし誰が? 考えても答えは出なかったが、すぐに答えになる人物がやって来た。白髪の大男が姿を現したのである。
「シラー様……?」
「あぁ、俺だ。ハンスに頼まれてな。マリアさん、生きていてよかった」
クリストフは神妙な面持ちで言った。シラーの背後にはマリアの枕元にいた女性と、若い男が二人立っていた。
「二人は俺の部下でな。クララ・フォン・マイネッケとアウグスト・フィッシャーだ」
クリストフから紹介されたクララとアウグストはマリアに軽くお辞儀した。
「そちらの白衣の方は?」
マリアは三人の隣にいた白衣の男を尋ねた。軍服姿の三人とは明らかに異なる白衣の男の方が、この場にはあまりにも似つかわしかったのである。
「ハルトムート・フィッシャーと申します。内務大臣夫人。あなたの処置を担当させていただきました」
「そうですか……。ここは病院なのですね」
マリアはそういうと天井の方を向いた。事態をようやく把握したのだろう。声に落ち着きの色が戻り始めていた。ハルトムートは自嘲めいた笑いをすると、マリアの問いを否定した。
「いいえ、夫人。ここは私の私邸です」
「私邸……?」
「フィッシャー家は代々医学者の家系です。ここには病院ですら存在しない、最新最高の研究施設と設備が揃っています。夫人がお命を取り留めることができたのも、そのおかげなのです」
「そうですか……ありがとうございます」
夫人の礼にハルトムートは笑顔で返した。
「お疲れでしょう。今はゆっくりとおやすみください。何かありましたら、すぐに参ります」
患者の負担を考えたのか、ハルトムートはクリストフ達を連れて病室を出て行った。