第五章 決戦! 第四十六話
翼将宮地下一階、ここにクリストフの城である左元帥書記室がある。主な業務は帝国軍に関連する文書の筆記と管理であるが、その性質上、機密書類を扱うことから通常の事務職とは一線を画した特務機関となっていた。
「お帰りなさい。室長。どうしたんですか? 血相を変えて」
配属されたばかりの職員であるアウグスト・フィッシャーがクリストフに尋ねた。
「のんきに構えてんじゃねぇ! アウグスト。仕事だよ。それも、とってもスリリングな奴だ」
クリストフは新米に怒鳴りつけると、うずたかく資料が積まれたデスクに腰を下ろし、書記室の面々を集めた。
「ちまちま説明してる暇はねぇ。かいつまんで説明するぞ」
クリストフは彼を中心にして集まった職員たちにハンスから聞かされたことを話した。
「急ぎましょう! 早くしないと、殺されちゃいますよ!」
アウグストは顔を真っ赤にさせると、クリストフに顔を近づけた。
「アホ! 声がでかい! だが、お前の言う通りだ。マリア・フォン・クライネヴァルトの保護を最優先とする。加えて、他の閣僚の保護も行なう! 急げ!」
机に肘を立てたクリストフは部下たちに言った。クリストフの優秀な部下たちは、クリストフの命令一下、書記室を出て行った。
「ぼ、僕も!」
先輩たちに負けじとアウグストは飛び出したが、襟首をクリストフにつかまれた。
「アホウ! この新米が! お前は俺とくるんだよ。おい、クララ!」
クリストフは他の職員と出て行こうとする女性を呼び止めた。
「はい。室長」
「お前も俺と来い。こいつだけじゃ、危なっかしくてしょうがない」
黒髪を後ろでまとめた才媛にクリストフは言うと、二人を従えて部屋を出た。目指すはベリリヒンゲン中心部、マクシミリアンの私邸。間に合ってくれ。クリストフは柄にもなく神に祈っていた。
ベリリヒンゲンはアルマダの中でももっとも精密に計画された都市のひとつである。皇帝居宮である水晶宮を中心に、軍中枢である翼将宮、行政府である白虹宮、最高司法機関である審聖宮が配され、その重要度に応じて放射線状に住宅地、銀行、商店街が広がっていた。例え敵勢力が攻撃をしかけてもそう簡単に占拠されないことを考慮してのことだった。
内務大臣として、国の重責にあったマクシミリアンの私邸は翼将宮、白虹宮などの最重要地区のすぐ外縁にあった。郊外にあるハイネの私邸ほど大きくはないが、夫婦と住み込みの数人の侍女が暮らすには十分な大きさだった。
星王暦二一八三年七月一〇日、午後五時一五分、招かれざる客が到着したのはそのときだった。




