第五章 決戦! 第四十四話
「ふむ。補給は順調のようだな」
7月10日夕刻、空の色がオレンジに変わりつつある頃、ワイバニア帝国左元帥ハンス・フォン・クライネヴァルトは部下からの報告書に目を通していた。
「はい。未だ補給線を断とうとする部隊は現れません。敵も余力のある別働隊がないと言ったところでしょう」
左元帥補佐官のアントン・メーリングは稟議の終えた書類をハンスから受け取りながら、上司に言った。
「そうだな。彼らの準備はどうなっている?」
「雁部隊は現在、ミュセドーラス平野を迂回し、脇街道の北方に展開しています」
「敵が脇街道を使っていると分かった以上、ここが補給路になるだろう。そろそろ彼らを出すのも頃合いと言うものだ」
「はい。閣下の命があれば、フォレスタル軍の後方をいつでも脅かすことが出来ます。・・・・・しかし」
そう言うと、メーリングはハンスから目をそらした。
「私は彼らを信用出来ません。流れに利がなければ、平気で裏切るのが傭兵と言うものです。彼らを作戦に折り込むのは・・・・・・」
「だからこそ、高い金を支払っているのだ。金を見合った働きをするのが傭兵だ。それに彼らの強さは上位軍団に優るとも劣らぬ。後方撹乱でまず遅れはとるまい。ただちに作戦の実行にうつれと知らせよ」
ハンスはメーリングに命じた。特務部隊「雁」。ワイバニア軍が有する傭兵部隊である。その数は約3,000名程であるが、それぞれが高度に訓練された兵士であり、右元帥直属の「影」と対をなす特務部隊であった。
メーリングはハンスに敬礼すると、左元帥執務室を出て行った。メーリングと入れ違いに左元帥府の伝令が執務室の扉をけたたましく叩いた。
「何事だ?騒々しい」
ハンスは伝令を執務室に入れたが、その気配にただならぬものを感じた。
「どうした?」
「内務大臣マクシミリアン・フォン・クライネヴァルト閣下が本日午後、ご逝去されました・・・・・・」
伝令は顔面蒼白になりながらもハンスに悲痛な事実を告げた。
「それは・・・・・・事実、なのか?」
沈着なハンスも思わず席から立ちあがった。星王暦2183年7月10日、クライネヴァルト家に暗雲が立ちこめ始めていた。