第五章 決戦! 第四十三話
同日午後、ワイバニア帝国帝都ベリリヒンゲン郊外、財務大臣ヘニング・エーベルトの別宅を極秘裏に訪れた内務大臣マクシミリアン・フォン・クライネヴァルトはベリリヒンゲン中心部にある行政府白虹宮をめざして馬車を走らせていた。
翌年の親征中止後の財政予算について、財務大臣と打ち合わせたマクシミリアンは草案を他の大臣に知らせる必要があったのだ。
「やはり、来年度は赤字になるのはやむを得ないな。新規領地からの税収はまず期待出来ない。どこから予算を捻出するか・・・・・・」
草案を見たマクシミリアンはその内容を見て頭を抱えた。メルキドとの戦闘が予想以上の損害を出したことが、財政上あまりに痛かったのだ。総兵力にして一個軍団以上、実働兵力にして2個軍団をワイバニア軍は失っている。さらに戦争を継続し、兵を失うことは国家財政を圧迫することに他ならなかった。
「早く、陛下が撤兵してくだされば・・・・・・ん?なんだ?これは?」
マクシミリアンは窓を見て、今、自分の置かれている状況に気づいた。
馬車は人一人いない田園の道を疾駆しているのだ。白虹宮に向かっているのなら、石畳と石造りの市街地へ出るはず。青々と広がる麦畑は、まったく逆方向を進んでいることを意味していた。
「どうしたんだ?逆方向へ向かっているようだが・・・・・・」
マクシミリアンは御者に尋ねた。御者と思われた男は低いうめき声をあげると、横に倒れた。
「な!?」
「方角は合っていますよ。内務大臣閣下。あなたはもうベリリヒンゲンには帰れないのですから」
馬車の扉が開き、20歳ほどの若者がゆっくりと中に入って来た。
「何者っ・・・・・・!」
若者は素早い動きでマクシミリアンの背後に回ると腕を首にまわした。
「フリードリヒ・フォン・ヘンデル。陛下の側近を務めているものです」
驚愕にマクシミリアンの目が限界まで見開かれた。マクシミリアンの命を手中にしたフリードリヒは落ち着いた口調で語り始めた。
「内務大臣閣下。陛下が兵を退くことは絶対にあり得ません。あのお方は覇者の階段を上りつつあるのです。覇者は戦いによって、自らの道を切り開くもの・・・・・・そうでしょう?」
「それが・・・・・・民に苦しみを強いることであってもか?」
「はい」
首を絞められたマクシミリアンに眉ひとつ動かすことなく、美麗な側近は答えた。
「お話が過ぎました。内務大臣閣下。あなたはあまりに優秀で、あまりに優しすぎた。そして、あまりに愚かだったのですよ。陛下の人となりを少しでもご理解出来ていたら、あと幾ばくか長生き出来たものを・・・・・・それでは、さらばです。閣下」
いい終えると同時に不気味な音が車中に響いた。マクシミリアンの命を奪った若き側近は馬車から飛び降りると、何事もなかったかのように歩き去っていった。
「いずれ、地獄でお会いしましょう、閣下。・・・・・・いや、私はきっとあなたと同じ場所に逝くことはないでしょう。私もいずれ、業に報いるときが訪れます故・・・・・・」
御者を失った馬車は、バランスを崩すと、麦畑に落ちていった。
星王暦2183年7月10日、ワイバニア帝国内務大臣、マクシミリアン・フォン・クライネヴァルトは30歳の生涯を閉じた。