第五章 決戦! 第三十六話
フォレスタル第五軍団野戦指揮所となる装甲馬車の中、第五軍団参謀長のメアリは作戦室の椅子に腰掛けていた。
「すまない、参謀長殿。急だったので、これくらいしか用意できなんだ」
アンジェラは水の入ったコップをメアリに手渡した。
「ありがとう。アルレスハイム連隊長……」
メアリは苦笑しながらアンジェラからコップを受け取ると、水を一口含んだ。少し落ち着いたことを察したアンジェラはぽつりとつぶやいた。
「ヒーリー殿のこと、好きなのですね」
アンジェラの唐突な一言に、メアリは少し驚いたがすぐに元の調子に戻って言った。
「えぇ……ポーラには悪いと思っているけれど……」
「おそらく、ヒーリー殿は……」
「知らないと思うし、分からないでしょうね。昔から、そういうの本当に気がつかない奴だったから」
アンジェラの言葉を遮ってメアリは言った。自分の気持ちに気づいていても、迷いがあるのだろう。メアリは手の平でコップを弄んでは、コップの水面に揺れる自分の顔を眺めていた。
「それで、参謀長はどうされるおつもりなのですか?」
「どうって……言えないわ。ヒーリーにはポーラの方がお似合いよ。わたしのようにかわいげのない女なんて魅力ないわ」
アンジェラは目を閉じた。数ヶ月前、ベリリヒンゲンで起きた出来事を彼女は思い出していた。彼女の腕の中で微笑みながら死んでいった人のことを。自分自身、彼をどう思っていたのだろうか。素直になっていれば、別の未来が拓けていたかもしれない。アンジェラは再び女性としての想いをよみがえらせた。アンジェラはメアリの隣に座ると、彼女の手を握って話しかけた。
「参謀長殿、いえ、メアリ。わたしにはひとつ後悔していることがあります。かつて、わたしに想いを寄せてくれた男がいました。しかし、わたしは彼の前で素直になることが出来なかった。その死の直前ですらも……今思えば、彼のことが好きだったのかもしれません。ですが、わたしにはもう彼に想いを伝えることは永遠に叶いません」
「アンジェラ……」
「メアリ、わたし達は軍人です。後悔をしてはならない。これから先、我々に何が待ち受けているかわからない。素直になるべきです。例え、結果がどうであろうとも」
メアリの目を真っすぐに見つめる青い瞳にメアリは顔を赤くした。メアリはほんの一瞬、アンジェラから目をそらすと、再び視線を戻し、アンジェラに告げた。
「ありがとう。アンジェラ」
アンジェラは頷くと席を立った。ドアを開けたアンジェラの背中にメアリは語りかけた。
「わたしはときどき、あなたがうらやましくなる時があるわ。いつもまっすぐで、純粋で……」
「わたしはあなたがうらやましい。あなたは、わたしの持っていない全てを持っている。……ヒーリー殿にはあなたのことは言いません。ご安心ください」
アンジェラはメアリの方を振り向かずに言うと、作戦室を出ていった。




