第五章 決戦! 第二十六話
星王暦2183年7月7日午後、脇街道を進み始めて6日目、フォレスタル軍がミュセドーラス平野まで確実に近づいていた。
「ようやく、半分か」
ヒーリーは装甲馬車から身を乗り出した。軍勢は長い谷あいの道を抜け、大きく開けた平野に出た。大地の匂いのする心地良い風がヒーリーの身体をすり抜けていった。隊列の遥か前方には、ミュセドーラス平野を取り囲む山地が見え、いよいよ決戦の時が近づいていることを増援軍に告げていた。
「いよいよ、決戦ですね。軍団長」
装甲馬車から、のっそりとアレックスが身体を出した。根っからの職業軍人である彼も、かつてない大決戦にいても立ってもいられないようだった。
「まだだ。スチュアート隊長。あと4日はかかる。今はまだ、落ち着くことだ。とりあえず、上空警戒は厳にしておいてくれ」
スチュアートが敬礼したとき、馬車の上空に一騎の龍騎兵が舞い降りた。
「総司令官に報告!前方に龍騎兵、一個中隊を発見!あと30分で接敵の模様!!」
「迎撃しますか?」
「いや、モルガン隊長とレイ、それとメアリを呼んで来てくれ」
ヒーリーはスチュアートに命じると、空に目を向けた。まだワイバニア軍は見えないが、その気配だけは感じ取ることが出来た。戦場の勘というものか、戦争を嫌っているはずなのに、自分の中で何か心躍るものをヒーリーは感じていた。
ほどなくして、アレックスは司令部大隊長のモルガンとレイ、メアリをつれてやって来た。
「レイ、敵についてどう思う?」
「軍団長の思われる通りです。少数精鋭による拠点強襲。こんなことが出来るのは、ワイバニアの中でも一人しかいない。第一軍団長、ハイネ・フォン・クライネヴァルトに間違いありません」
レイは表情を崩さなかった。フォレスタル軍の中でも、レイほどアルマダの戦術、将帥の情報に長けている者はいない。一個中隊規模の龍騎兵が襲来したという知らせだけで、戦術、率いる部隊までも推察出来るのは彼の能力の証明でもあった。
「やはり・・・・・・な。モルガン隊長、直衛の一個中隊に例の準備をさせておいて欲しい。それから・・・・・・」
ヒーリーの命令に一同は皆、絶句した。
「本気ですか?」
モルガンの問いにヒーリーは頷いた。
「ハイネ・フォン・クライネヴァルトが俺の思った通りの人物ならばね。おかしい話だが、敵を信じてみたい」
「軍団長、私も反対です。一個中隊をみすみす失いかねないのですよ」
メアリもヒーリーの命令に反対した。参謀長としては兵を犬死にさせる訳にはいかない。反対するに十分すぎる理由であった。
「もし、そうなったら、ハイネもろとも、龍騎兵隊を俺が皆殺しにする。それに、彼らだけ危険にさらしたりはしないよ」
ヒーリーは三人を見た。その意志は固く、彼らとてこれ以上の説得は出来なかった。
「ハイネの強さ。この目で見届ける」
まだ見ぬ敵との立ち会いを、ヒーリーは心待ちにしていた。