第五章 決戦! 第二十五話
ハイネがメルキドの地で眠りについたのと同じ日、ハイネの兄マクシミリアンは自邸で書状をしたためていた。遠征軍撤兵の奏上書である。
「父上はどうして理解されないのか。今は兵を退くことがワイバニアにとって、民にとって最良の道ということを・・・・・・」
奏上書を書き終えたマクシミリアンはペンを置いた。父と激論を交わして二日、最後まで分かりあえなかったことがマクシミリアンの心にしこりとなって残っていた。
「あなた。あまりご無理をなさらないでください。あなたもお義父さまも、この国になくてはならない人なのですから」
「すまない。マリア。心配させてしまったね。私のことなら、大丈夫だから」
書斎に入った妻に、マクシミリアンは優しげに微笑んだ。マリアは表情を幾分和らげたが、安心しきってはいないようだった。マクシミリアンは苦笑すると、再び机に向かった。
「国民の命と富を吸い上げてまで戦争を行なうなんて、父上も陛下も間違っている。陛下もきちんと誠意を尽くせば、理解してくださるはずだ」
実務家としてのマクシミリアンの手腕はワイバニア帝国の中でも傑出していた。フォレスタル王国きっての英才と呼ばれたマクベスをも凌いでいたともされている。しかし、マクシミリアンはマクベスほど現実的な思考を持っていなかった。このことが彼の命を縮める結果になるとは、彼自身思いもよらなかったであろう。
翌朝、マクシミリアンは彼付きの護衛である、ドルニエに皇帝への奏上書を手渡した。
「これを何があっても、陛下に手渡して欲しい。戦闘が始まる前に。できるだけ早く」
ドルニエは黙って頷くと、翼竜に跨がり、マクシミリアン自邸を飛び立った。
「民のため、国のため、愚かなことは止めるべきなのだ。父上もきっと、私のしたことをお認めになるはずだ」
戦争終結の望みを託した使いをマクシミリアンは見送った。しかし、自分自身の死刑宣告書を送り出したことに彼はまだ気づいていなかった。