第一章 オセロー平原の戦い 第十九話
アレックスら龍騎兵隊は午前零時、真夜中の闇に乗じてハーヴェイの野営地を飛び立った。
「まさか、ここまでやられるとは」
テントの中でアンジェラは頭を抱えた。アンジェラ率いる第七軍団はハーヴェイらフォレスタル第二軍団を壊滅寸前にまで追い込んだが、第七軍団の損害もまた大きなものだった。
バーノン率いるフォレスタル騎兵と機動歩兵によってワイバニア騎兵は三割の損害を出したばかりでなく、序盤のフォレスタル軍の奇襲においても手ひどい損害を受けていたため、実兵力においてはハーヴェイの現状の戦力とほぼ互角であった。加えてフォレスタル龍騎兵の来襲によって大型翼竜が全滅してしまい、落石によるアウトレンジ攻撃が不可能になった。これにより、陣形を大きく乱す戦術は使えなくなり、アンジェラらはまだ多くの龍騎兵を擁しているものの、防戦に出られると攻めあぐねることは必定だった。
「大したものだ。敵将も……。そして、その背後にいるものも……」
報告書を机に放り出し、アンジェラはテントの中の簡素なベッドに横になった。仮面を外し、天井を見る。アンジェラにとって女に戻れる唯一の時間だった。顔にある刀傷を優しく撫でたアンジェラはその手を天井に伸ばした。
「明日は勝つ……」
伸ばした手を握りしめ明日の勝利を誓ったアンジェラはそのまま目を閉じた。
翌星王暦二一八二年六月十六日、アンジェラ・フォン・アルレスハイム率いるワイバニア第七軍団とハーヴェイ・ウォールバンガー率いるフォレスタル第二軍団は再びテンペスト湖北方湖岸で対峙した。
ハーヴェイは重装歩兵を先頭に魚燐の陣をとったのに対し、アンジェラは鶴翼陣形で布陣した。兵力差がほとんどないにも関わらず、両者がこのような陣形をとったのは前日の濃霧の中の攻防がお互いの損害と実兵力を誤認させていたことが大きかった。とくに壊滅寸前にまで追い込まれたフォレスタル軍は敵が未だ十分な兵力を残していると考え、一方、壊滅寸前に追い込んだワイバニア軍にしてもフォレスタルは戦力が激減していると予測を立ててしまっていた。
陣形だけ見ると、突破力にまさるハーヴェイが有利に見えたが、ハーヴェイは兵を動かそうとしなかった。
「兵を動かさないのですか? ここは突撃をかけ、中央突破の後、逆包囲するのが良いかと考えますが……」
フォレスタル第二軍団参謀長のモーラ・リードマンがハーヴェイに言った。フォレスタル元宰相であるロバート・リードマンの孫娘である。
「確かに陣形だけ見るとその好機だ。私も参謀長の考えと同じようにすぐにでも突撃命令をかけたくなる。だが……あれを見ろ」
ハーヴェイは前方の空を指差した。
「龍騎兵……」
「そうだ。あれが前線に出て来た場合、我々は防御のために相当数の兵力を割かねばならなくなるだろう。そうなれば、我々は不利だ」
ハーヴェイはモーラに言った。ハーヴェイの読みはアンジェラの作戦を看破していた。しかし、魚燐の陣を保ちながら前進しないフォレスタル軍の作戦もまた、アンジェラに看破されていた。
「こちらの出方を読んだか。……なかなかどうして、こしゃくなものよ。こちらもそのまま動くな。龍騎兵はそのまま上空待機だ」
対峙してから時間をたたずして、両軍はこう着状態に陥った。




