第五章 決戦! 第二十四話
星王暦二一八三年七月六日夜半、ワイバニア軍第一龍騎兵大隊第一中隊はミュセドーラス平野から北へ二〇〇キロ離れた平原で野営を初めた。たき火の前で腰を下ろし、じっと火を見つめるハイネにゲルハルトは話しかけた。
「フォレスタル軍はまだ網にかかっておりません。軍団長」
「当たり前だ。今はまだ、決戦の地を通り過ぎたばかりだ。もう少しはかかるだろう」
愛剣を肩にかけ、いつでも抜剣が出来る体勢でハイネは答えた。戦士としては当然の体勢だが、ハイネのそれは大理石像のように洗練された美しさを放っていた。
「ですが、ミュセドーラス平野の配置は分かりました。平野の出入り口を東半分に三個軍団が陣取っているようです」
「おそらく、フォレスタルをあてにしているのだろう。たかが三個軍団で我々を倒せるはずは無いのだからな」
「しかし、決戦を前に三個軍団とは、いささか兵が少ないと思いますが……」
「戦力を分散したな。ロークラインを脱出した領民の護衛のために一個か二個軍団を割いたのだろう。司令部に伝令を出さなければならないな。ミュセドーラス平野の兵は寡兵なり。直ちに叩きつぶすべしとな」
ハイネの予測はある意味では正しく、その対応は完璧なものだった。もし、ワイバニア軍が進撃速度を速めたら、メルキド軍はたちまちのうちに敗北しただろう。しかし、現実にはハイネの思惑通りにはならなかった。ハイネもまた全能ではなく、これから自らの身に待ち受ける運命を予知しえなかったのである。
「明朝、夜明けと共に出発する。貴公も休んでおくといい。ゲルハルト」
そういうと、紅のマントに身をくるんだ若き剣士は静かに目を閉じた。翌七月七日、紅の剣士と翡翠の龍将はその剣を交えることになる。