第五章 決戦! 第二十三話
「いえ、ここからは私の領分です。父上、ワイバニアがいくら豊かとはいえ、全ての領民を豊かに暮らせるほど、我が国は富にあふれているわけではありません。ワイバニアが古来よりメルキドとフォレスタルに戦争を仕掛けて来たのはそのためです」
ハンスはソファにどっかりと腰を下ろすと、息子の話に耳を傾けた。
「知っての通り、翼竜は強大な力を持ちますが、その維持には莫大な費用がかかります。また、メルキドとの戦争にかかる費用も莫大です。このままでは、民に重い税を課すことになります」
「そんなことは分かっている」
「いいえ、分かっておりません。父上。我々は一年前にも第十軍団の半数が壊滅する惨事に見舞われています。今は加えて第五軍団。彼ら兵士達の遺族に支払う保証金も我が国の財政を圧迫しつつあるのです。予算を計上し、問題解決に努めるのが各大臣の責務。そして、その大臣を束ね、予算を承認するのが私の責務です。国政を預かるものとして、我が軍の暴挙は止めねばなりません。父上。いたずらに民の命や生活を脅かしてはならないのです。どうか、陛下にお口添えを」
ハンスは腕を組み、目を閉じた。マクシミリアンは少壮気鋭の政治家である。30歳という若年ながら国をまとめ、大臣のみならず若手の貴族や国民からも多くの支持を得ていた。先代のワイバニア皇帝もマクシミリアンの手腕に信頼を置いていた。「その目は慈愛と理想に満ち」というのは彼に近い友人の言葉であるが、常に民を思い、国を愛した政治家だった。
しかし、若さ故の理想がマクシミリアンの絶対の弱点だった。民に目を向けるあまり、皇帝の野心と恐ろしさと言うものを理解していなかった。彼が撤兵を進言すれば、恐らく即日マクシミリアンの首が飛ぶ。それだけではなく、皇帝に反するものは残らず公職を追放されるか、逆賊の汚名を着せられ、殺されるだろう。
そうなれば、血を見るのは十や二十ではきかなくなるだろう。若いマクシミリアンには、それが理解出来ていなかった。ハンスは目をあけると、息子に言った。
「軍は退かぬ。帰れ。マクシミリアン」
「何故です!?大臣の了承は得ています。兵の命をむざむざ失わせたくないのはあなたも同じでしょう!?」
テーブルに乗り出したマクシミリアンは大臣の連署を叩き付けた。そこには署名していない大臣も数名おり、大臣間が決して一枚岩で結ばれていないことを証明していた。これが外に漏れたら、皇帝はマクシミリアン処断の決定的な証拠として上げてくるだろう。机に乱暴に突きつけられた連署がハンスにとっては息子の死刑宣告書のような気がして、ならなかった。
「馬鹿者が・・・・・・」
「父上!!」
「話は終わりだ。マクシミリアン。この話はなかったことにしておいてやる。帰れ」
怒りに震えるマクシミリアンをハンスは冷然と突き放した。マクシミリアンはそのまま席を離れると、左元帥執務室を出て行った。乱暴に閉じられたドアの音がハンスしかいない執務室の中にこだました。
「馬鹿者が・・・・・・」
ハンスは悲しそうにつぶやくと、ソファに身を預けた。