第五章 決戦! 第二十話
「メルキドの自然の力には恐れ入るよ。道理で古来からワイバニアとフォレスタルの侵入を許さなかったわけだ」
ヒーリーは地形図を見ながら、改めてメルキドの財産に嘆息していた。先にミュセドーラス平野に陣取ったメルキド軍はワイバニア軍に対して、一方的に包囲できる態勢にあった。しかし、問題が無い訳ではなかった。メルキド軍の兵力は少なく、ワイバニアの大軍相手に戦線を維持しうるだけの力は無かったのである。
「ここで、俺たちの登場ってわけか」
ヒーリー率いるフォレスタル軍は4個軍団。メルキド軍の5個軍団を合わせると、ワイバニア軍とほぼ互角の戦いが出来る。メルキドとフォレスタル両軍で入り口から入ったワイバニア軍を包囲する。山に阻まれたワイバニア軍は大軍を運用出来ず、崩壊する、これが作戦図から読み取れた作戦だった。
だが、ワイバニア軍とて馬鹿ではない。自殺覚悟の突撃など行ないはしない。膠着状態になるのは必死だった。作戦の第二段階を実行するためにはこの事態の解決は絶対に必要なことだった。
「メアリ・・・・・・」
「なに?ヒーリー?」
「いや、何でも無い」
ヒーリは口をつぐんだ。ヒーリーがそのことを口にするということはメアリにとって最も残酷な言葉を口にすることになる。そのことがヒーリーをためらわせた。「非情になれ」フランシスの言葉がヒーリーの心を深く突き刺していた。
「ヒーリー。もしかして、あなた・・・・・・」
メアリの問いを伝令のノック音が遮った。伝令はヒーリー軍の先頭が脇街道の分岐点に到着したことを告げた。ヒーリーはこのまま脇街道を進軍させるよう告げると、メアリに目を向けた。
「どうした?メアリ・・・・・・?」
「いえ、何でも無いわ」
メアリは慌ててヒーリーに返事をした。作戦図とヒーリーから聞いた作戦内容からでは大事なことが一つだけ抜け出ている。もし、それを埋めるのであれば自分自身にとって最も最悪で、残酷な答えを得ることになるだろう。フォレスタル最高の才媛は導き出された答えを知りながらも口には出さなかった。それが自分の甘さであることを知りながらも、肉親と戦友を失う言葉を出す選択肢を避けたのである。
「急がなければならないわね。決戦の地へ」
メアリは装甲馬車の小さな窓から外を見た。どこまでも続く青い空と、のどかな田園風景が広がっていた。青々と生命力に満ちあふれ、天へと葉先を伸ばす麦畑。戦いに負ければ。いずれこの風景も踏み荒らされることになるだろう。勝たねばならない。しかし、親しい人には生きていて欲しい。メアリの中では相反する感情が渦巻いていた。
「メアリ・・・・・・」
「ヒーリー。席を外してもいいかしら。少し風にあたっていたいの・・・・・・」
メアリは表情を崩さず、抑揚の無い声で言った。ヒーリーは退出を許可すると、机の上に肘をつき、頭を抱えた。ヒーリーの思いもメアリと同じだった。ワイバニアに勝たねばならないが、自軍の被害は最小限でなければならない。しかし、ヒーリーにはこの作戦以上に味方の犠牲を最小限に食い止められる方法が考えられなかった。
「考えろ・・・・・・考えるんだ・・・・・・」
作戦室で一人呪文のようにヒーリーはつぶやいていた。