第五章 決戦! 第十六話
「何を慌てている? シモーヌ」
ジギスムントは普段の態度とは違うシモーヌに不審感を抱いていた。見下していた相手に心を見透かされたのか、シモーヌは少し不機嫌そうに言った。
「別に何も慌ててなどいないわ。あなたはこのまま、メルキドを滅ぼせばいいのよ。私の言ったようにね」
「影はメルキドの中に潜ませている……か。その割にロークラインが空だということを知らなかったじゃないか」
ジギスムントは嘲笑を浮かべた。ジギスムントの態度に激昂したシモーヌはジギスムントの頬を張った。
「言葉に気をつけなさい……あなたなど、私がいなければ何も出来ないくせに」
ジギスムントは舌打ちすると、顔を背け、シモーヌに口を聞こうとしなかった。シモーヌは煽情的なドレスを翻すと、皇帝専用馬車を出て行った。
「ウーヴェ」
シモーヌは小さく低い声で影を呼んだ。
「これに」
シモーヌの背後に仮面をつけた黒装束の男が跪いた。
「ロークラインの潜入、失敗したことをどうして報告しなかったの?」
「申し訳ございません。しかし……」
「しかし、何……?」
「メルキド軍には既に影を潜入させております。現在主力はミュセドーラス平野に集結中とのことです」
「分かったわ」
シモーヌは短く返事をすると、ナイフでウーヴェを斬りつけた。ウーヴェの仮面が地面に落ち、美麗な素顔が露になった。シモーヌの一撃を微動だにすることなく受け入れた素顔からは鮮血が滴り落ちていた。
「今日の失敗はこれで許してあげる。二度はないわ」
頷いた影は再び姿を消した。
翌七月五日ワイバニア軍全軍はミュセドーラス平野へ進軍を開始した。