第一章 オセロー平原の戦い 第十八話
迂闊にフォレスタル軍に手が出せなくなったアンジェラは、残存の龍騎兵隊を後退させた。
「くそ……私としたことがここまであしらわれるとは……」
仮面の下でアンジェラはほぞを噛んだ。序盤における劣勢を覆す勝利を逃したばかりか、貴重な大型翼竜を全滅させてしまったのだ。自らのミスとは言え、アンジェラにとっては屈辱に近い戦いだった。
霧が完全に晴れ、夕闇が支配する刻限に近づいた時、アンジェラは戦力の再編のため一時的に全軍を後退させた。
ワイバニア第七軍団が後退を始めるのを見たハーヴェイもまた、自軍の戦力の再編のため、指定した場所へ集合させる命令を下していた。フォレスタル第二軍団とアレックス率いる国王直属龍騎兵隊第一龍騎兵大隊はテンペスト湖岸北の約二キロの地点にある高台に合流した。
「救援感謝する。スチュアート卿」
龍騎兵隊に合流したハーヴェイはスチュアートに礼を言った。
「危ないところでしたね。ウォールバンガー卿」
アレックスはそう言うと、第二軍団の野営地を見渡した。落石による犠牲者こそ少なかったが、ワイバニア軍によって与えられた損害は大きく、戦える戦力は8割がやっとと言ったところだった。
「完敗だ。龍騎兵に手も足も出なかった」
ハーヴェイは傷ついた部下を見て無念の表情を浮かべた。
「しかし、龍騎兵隊が来てくだされば、百人力だ。ワイバニアに対し優位に立つことが出来る」
ハーヴェイは言った。しかしアレックスはハーヴェイに対して残酷なことを言わねばならなかった。
「申し訳ありません。ウォールバンガー卿。我々はすぐにオセロー平原中央部に向けてたたねばならないのです」
「第十軍団迎撃のため、というわけですな」
ハーヴェイはアレックスに尋ねた。
「はい。ここに来援したのも、ヒーリー殿下の命によるものです」
「ヒーリー殿下は我が軍団が、窮地に陥ることを見抜いておられたというのか」
「はい。この日、この時間にウォールバンガー卿が攻勢をかけることも予想しておられたようです。そのように、殿下は細かく指示を出されました。まさか私もここまで殿下の予想通りにことがなっているとは思いませんでした」
ヒーリーの予想が的中していたことに驚くアレックスを見て、ハーヴェイは笑った。端から見ればにやりとした程度であったが、それはハーヴェイにしては爆笑と言うべき部類の笑いだった。
「そうか、スチュア−ト卿は殿下と共に戦ったことがなかったな。普段の軍務に関しては貴殿の見た通りだが、いざ戦いの時はなかなかの力をお持ちのお方だ。まだ、お若いので実戦経験こそ少ないがそれさえ除けば、親父をも超える御仁であろう」
「あのピット卿を超える……ですか?」
アレックスは信じられなかった。ピットは「フォレスタルにその人あり」と呼ばれる武人であり、軍人ならば誰もが目標にしている程だった。その境地にヒーリーが立ちつつあるとハーヴェイは言うのである。王城に参内するたび、昼寝をしている姿を見かけなかったアレックスはにわかに信じられなかった。
「まだ、納得しかねると言った表情だな。そろそろ、貴殿も行くといい。殿下の命とはいえ、私と世間話している時間はないはずだ。龍騎兵隊がいなくとも、私とてフォレスタル四軍団長の端くれ。負けない戦いぐらいはできる。三日は保たせてやろう」
ハーヴェイの目に生気が戻った。その様子を見たアレックスはハーヴェイに言った。
「ウォールバンガー卿。三日もいりません。一日だけ持ちこたえてくだされば、勝利は我々のものです」
「心得た。では御武運を。スチュアート卿」
「御武運を。ウォールバンガー卿」
アレックスら龍騎兵隊は午前〇時、真夜中の闇に乗じてハーヴェイの野営地を飛び立った。