第五章 決戦! 第九話
ワイバニア帝国帝都ベリリヒンゲン。クリスチーネ・フォン・ウィットフォーゲルはカーテンから差し込む陽光に目を覚ました。ベッドの毛布を胸にたぐり寄せたクリスチーネは、傍らに眠るハイネを見た。クリスチーネは長い髪をかきあげ、ハイネに顔を寄せると、そっと唇を重ねた。
「・・・・・・ん」
普段と異なる感覚に、少し違和感を覚えたのだろう。ハイネは眉を少しだけ動かすと、安らかな眠りから覚めた。
「おはようございます。ハイネ様」
唇を離したクリスチーネは艶やかな笑みをハイネに向けた。
「おはよう。クリスチーネ」
ハイネは笑顔で返すと、恋人を抱き寄せた。二週間の休暇も今日で終わる。午後には戦地に向けて飛び立たなければならない。ハイネにとっては、恋人と過ごす最後のひとときだった。
「ハイネ様。クリスチーネは幸せです。こんなにも長く、ハイネ様と同じ時を過ごせたのですから」
そう言うと、クリスチーネはハイネの胸に身を預けた。ハイネは愛おしそうに恋人の肩を撫でると、ベッドから起き上がりガウンを羽織った。
「支度をしなければならない。再び戦場にもどらなければ」
「はい・・・・・・」
クリスチーネに背を向けたハイネはクリスチーネの恋人ではなく、ワイバニア第一軍団長ハイネ・フォン・クライネヴァルトに戻った。ひとたび戦士に戻ったハイネはしばらく、クリスチーネの元に戻ってこないだろう。クリスチーネは悲しそうに目を伏せた。
午後2時、支度を終えたハイネは自邸の庭で愛騎レイヴンにまたがった。
「それでは行ってくる。クリスチーネ」
「どうかご武運をハイネ様・・・・・・」
寂しそうにクリスチーネは言った。ハイネは恋人を片手で引き寄せると固く抱きしめた。
「ハイネ様・・・・・・」
「必ず生きて帰る。だから、待っていてくれ」
「はい」
恋人の言葉に安堵したクリスチーネはハイネから離れると、先ほどとはうって変わった幸せそうな笑みを浮かべた。気持ちが通じ合っていると確認出来た。そのことがクリスチーネにとっては大切なことだったのである。
「レイヴン!!」
クリスチーネの表情を確認したハイネは愛騎に呼びかけた。紅の鎧を身にまとった翼竜は甲高い声で主に応えると、大きな翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がった。
星王暦2183年6月28日、ワイバニア軍第一軍団長ハイネ・フォン・クライネヴァルトは戦線に復帰した。