第五章 決戦! 第八話
「言うほど簡単じゃないのよ……」
顔を真っ赤にしたメアリはつぶやいた。港にたたずむメアリをよそに、ヴェローナのフォレスタル軍は、昼夜を徹しての荷揚げ作業に追われたのだった。
「それでは、私はヴェローナに戻ります」
「私達もコリオレイナスに市民を送り届け次第、本隊に合流します。この次は戦場でお会いすることになるでしょう」
「はい」
ヒーリーとボナ・ムールは固い握手を交わした。ヒーリーはヴェルにまたがると、翼をはばたかせ、一気に空高く舞い上がった。高度を上げたヒーリーは月の光に照らされて浮かび上がる十ほどの影を見つけた。影に近づくと、そこにはアレックスにアンジェラらとよく見知った仲間達がいた。
「お帰りなさい。軍団長」
「ただいま。副軍団長。なんだ。皆来ていたのか?」
「軍団長達を二人でいかせる訳にはいきませんから」
アレックスは器用に片目をつむって微笑んだ。
「まさか、イスラのことも見ていたのか?」
「大丈夫。参謀長には口外しません……!」
アレックスは言い終えた途端、手で口を覆った。
「見ていたのか。一部始終……」
ヒーリーは静かな怒りを副軍団長に向けた。
「ヒーリー殿。どうか、副軍団長殿をお許し願いたい。あなたの無事を誰よりも案じたのは副軍団長殿なのですから」
アンジェラの助け舟にヒーリーはひとつ息を吐くとアレックスに言った。
「このことは他言無用だぞ。スチュアート隊長。特に君は、口が軽いところがあるから」
「はっ! 気をつけます!」
ヒーリーの命令に若き龍騎兵隊長は背筋を伸ばした。真面目なのか不真面目なのかわからない隊長の姿に隊員達は小刻みに肩を震わせた。
「笑うな!」
「副軍団長殿、他言は無用にした方が良い。何せ、我が軍団と城には軍団長よりも怖い存在がいるのだからな」
アンジェラはアレックスの愛騎とランデブーすると、微笑みを浮かべながら忠告した。アンジェラなりの冗談なのだろう。軍人然とした金髪の副軍団長は苦笑した。同時刻、ヴェローナとシンベリンで、二つのくしゃみが同時に鳴った。
「くしゅ!」
「はっくしゅ!……もう、ヒーリーね! 城に帰ったら、とっちめてやるんだから!」
ぬいぐるみを乱暴に引っ張ると、ポーラは部屋の窓を眺めた。同じ月をヒーリーも見ているのだろうか。ポーラは引っ張ったぬいぐるみを今度はやさしくなでて、ぬいぐるみに語りかけた。
「ヒーリー。生きて帰って来てね。私はまだ、何も言っていないんだから……」
そのときのポーラの表情はぬいぐるみにしかわからなかった。もの言わぬぬいぐるみはそのつぶらな石の瞳でポーラを見つめ続けていた。
「さぁ、皆! これからは気を引き締めてかかるぞ。メルキド軍が安全を確保しているとはいえ、ここは戦場なんだからな」
「はい!」
月明かりを背に、ヒーリー率いる十余騎の龍騎兵はメルキドの空を駆けていった。