第五章 決戦! 第六話
「お、おい。イスラ!?」
「お慕いしています。ヒーリー様」
驚くヒーリーの唇にイスラは自分の唇を重ねた。ヒーリーはさらに驚き、目を見開くと唇を離そうとして頭をうしろに下げた。しかし、イスラはヒーリーに腕を絡めて身体を密着させた。
長い口づけのあと、イスラをようやくヒーリーを解放した。急で意に反する口づけをされたせいか、ヒーリーはイスラから顔を背けた。
「イスラ・・・・・・済まない。俺には好きな人がいるんだ。だから、君の気持ちを受け入れられない」
「あの侍女のことですの?」
「・・・・・・」
「どうして彼女なんですの!?私の方がずっと前からヒーリー様のこと・・・・・・」
「すまない。イスラ」
目に涙を浮かべたイスラの抗議にヒーリーはただ謝ることしか出来なかった。イスラはアテナを呼ぶとその背に飛び乗り、ゆっくりと離れていった。
ヒーリーはどこかでこのことを恐れていた。自分を慕う妹のような存在をなんとかして傷つけまいとして。けれど、イスラにとっても、ヒーリーにとっても、今のような関係がつづくのは彼ら二人により残酷な結果をもたらしたのではないか。ヒーリーは遠ざかるイスラの背を見て思った。
二人の口づけから数時間後、ヒーリーとイスラはメルキド難民のもとに降り立った。
「これは、ヒーリー殿下。自らお出ましとは、仮面と車椅子のまま失礼いたします。公女殿下を無事お送りいただき、ありがとうございます」
ロークライン避難民の護衛を担当する第三軍団長ボナ・ムールは仮面のまま頭を下げた。ヒーリーは車椅子の軍団長に跪き、目線をあわせた。
「いえ、ワイバニアとの戦争の最中、殿下をお一人でお帰しする訳には参りません。大した護衛もつけられず、申し訳ありません」
ボナ・ムールに返事をしながらも、ヒーリーはときどき目線をイスラに移した。空を飛んでいる間、ヒーリーに悟られぬように泣いていたのだろう。肩は力なく落ち、目は真っ赤に腫れていた。その姿はヒーリーをいくらばかりか傷つけた。イスラは侍女のマミーに肩を抱かれ、群衆の中に消えていった。
「フォレスタル軍は、今日中にはヴェローナに上陸します。半月後にはメルキド軍本隊に合流出来るでしょう」
「ありがとうございます。総司令官のタワリッシ大将軍に早速伝令を・・・・・・」
「いえ、それには及びません。すでに伝令の龍騎兵が大将軍のもとに向かっているはずです」
「さすが、歴史を変えたと言われる”翡翠の龍将”。行動が速いですな」
ボナ・ムールの賞賛の言葉にヒーリーは少し気恥ずかしげにほおをかいた。
「いえ、私の軍団に一人切れ者がいるものでして」