第五章 決戦! 第三話
ヒーリーは落下して来たイスラを受け止めたが、落下の衝撃に負け甲板上を転げ回った。
「ヒーリー様! お会いしとうございました!」
痛そうに頭をさするヒーリーをよそに、イスラはヒーリーをぎゅっと抱きしめた。
「イスラ、どうしてここに?」
「もちろん。ヒーリー様と共に戦うためですわ! 妻たるもの、いついかなるときも夫とともにあるものですわ!」
そんなものじゃないんだ夫婦っていうのは。ヒーリーは口に出そうとした言葉を再び飲み込んだ。一度も結婚をしたことがないヒーリーにとっては夫婦とはどういうものか。イスラに説明出来る自信がなかったのである。
ヒーリーはなおも抱きつこうとするイスラを身体から離して言った。
「イスラ。ここから先は、戦場になる」
「大丈夫です。ヒーリー様と一緒なら」
「死ぬかも知れないんだぞ」
「ヒーリー様と一緒なら平気です!」
ヒーリーは頭をくしゃくしゃとかいた。何を言っても、イスラはここに残ろうとするだろう。ヒーリーは戦うとき以上に頭脳をフル回転させた。
「ヴェル、お前も……」
ヒーリーは相棒に目を向けると、そこには仲睦まじい翼竜のカップルの姿があった。ヴェルとアテナ、二匹の翼竜は互いにほほを寄せあっていた。エメラルドワイバーン同士が愛を確かめあう行動である。
「……」
ヒーリーは何も言えず顔を押さえた。
「ほら! これでもヒーリー様は私を帰すとおっしゃるのですか?」
いたずらっぽく片眉を上げて、イスラはヒーリーに詰め寄った。ヒーリーは真剣な顔になると、イスラの頭にそっと手を置いた。
「イスラ、さっきも言ったように俺たちは戦場に行くんだ。ここにいる何人かは俺を含めて戻れないかもしれない」
「……」
「イスラの知っている人だって命を落とすかもしれない。悲しい目にだって幾度遭わせるかわからない」
「耐えられますわ!そんなの!!」
イスラの反論にヒーリーは首を振った。
「戦場は地獄だ。どれだけの人間が屍を地にさらすか。君を伴い、君に地獄を見せることが俺には耐えられない」
「ヒーリー様……」
「お願いだ。皆のもとに戻ってくれ。イスラ」
しばらくの沈黙の後、イスラは黙ってうなづいた。ヒーリーは妹のような公女の頭を優しく撫でた。
「さて、女の子一人でメルキドまで帰すわけにはいかないな。スチュアート隊長、悪いが、イスラ公女をメルキドまで送ってやってくれないか?」
ヒーリーは背後に控えていたアレックスにイスラの護衛を命じた。しかし、スチュアートの返事はヒーリーの期待したものと真逆のものだった。
「申し訳ありませんが、その任、謹んでご辞退申し上げます」




