第四章 決戦前夜 第六十一話
リードマンとのチェス対決を楽しみにしていたラグは彼のために腕によりをかけて紅茶を入れていた。長い間、城の給仕長に頼み込んでいたフィデック産の高級茶葉が手に入ったのだ。ラグは嬉しさと緊張の入り交じった表情で茶葉に向かい合っていた。
お湯が沸いたとラグが火に目を移した瞬間、ラグは空間が歪む感覚を覚えた。五〇〇年以上前、一度だけ感じた感覚に、ラグは一筋汗を垂らした。
「シモーヌか……?」
声が震えているのが自分でもわかった。すぐ背後に師の仇、親友の仇がいるのだから。
「久しぶりね。ラグエル。どうしてわかったの?」
「”転送”の護符を持っている者はこの世に二人しかいない……僕と、君だけだ!」
ラグは隠し持っていた魔術銃ペルセウスを構えると、間髪入れずに発砲した。低く唸るペルセウスの銃声はラボの外にまで響き渡った。
「あの音は?」
「ラグに何かあったのでしょう。急ぎましょう! 教授!」
「ま、待て! 年寄りを走らせるでない!」
ラグの異変に気づいたマクベスとリードマンはラグのいるラボに向かった。
「ぐっ……!」
床にはペルセウスが転がっていた。発砲の直前、シモーヌは一瞬で間合いを詰めてラグに近づき、ラグの腕をつかむと、そのまま壁に叩き付けた。華奢な体に似ずシモーヌの握力は強く、とうとうラグはペルセウスを手放してしまった。
「あなたがわたしに勝てると思って? 彼は英知と創造を司る者としてあなたを。力と破壊を司る者としてわたしを創った。あなたがどうあがいても、わたしには勝てないわ。ラグエル」
「その名前で僕を呼ぶな!」
両腕をシモーヌにつかまれ、身動きのできないラグは声を限りに叫んだ。
「その名で僕を呼んでいい者はもういない。君が殺したんだ。サマエル……」
「そう、わたしが殺したの。でないとあなたは、いつまでも彼のものだったから」
シモーヌはゆっくりとラグに顔を寄せて来た。
「何を、する気だ? よせ、サマエル……!」
「あなたはわたしのもの。あなたを手に入れるためなら、わたしは……」
シモーヌはラグに唇を寄せた。
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