第四章 決戦前夜 第五十九話
星王暦二一八三年六月二四日、フォレスタル王国宰相マクベス・エル・フォレスタルは財務大臣であるローリー・エイヴォンを呼び出していた。
「エイヴォン卿、一会戦分の予算しか下ろさないというのはどういうことだい?」
エイヴォンからの報告書に目を通したマクベスはかけていたモノクルをきらめかせた。彼が数年かけて作り上げた補給網をもってすれば、三会戦分の物資が運用出来るはずだった。
「確かに、物資の面から言えば、三会戦分は供給出来ます。しかし、それを前線に送る荷駄部隊は地方軍、水軍だけでは到底足りるものではありません」
エイヴォンの報告書には国内に分散配置させた軍需物資をアークプリマスに運ぶためには商人の協力が必要不可欠であること、そしてその費用は極めて多大なものになるであろうと言うことが書かれていた。
マクベスはエイヴォンの報告に頷かざるを得なかった。その試算は全く公正、適正なもので、批判しようのないものだったのである。
「さらに申し上げれば、我がフォレスタル王国がメルキド公国と力を合わせたとは言え、戦いに勝利出来るとは限りません。フォレスタル本土での決戦を考えた上でも一会戦分の予算が……」
エイヴォンは言葉を詰まらせた。マクベスがエイヴォンを睨みつけていたのである。メルキド増援軍の敗北。これは、マクベスの弟であるヒーリーの死を意味する言葉だった。職務とは言え、うかつなことを言ってしまった。エイヴォンは肩を落とした。
「申し訳ありません」
「いや、こちらこそ済まない。君の方が正しい」
「わたしとしても、我が軍の勝利を信じたいのですが……」
「職責がそれを許してはくれない……か。そうでなくては、大臣は務まらない。わかっているよ。エイヴォン卿」
机を立ったマクベスは、窓の外を眺めた。それはいつもと変わらぬ穏やかな景色だったが、ガスパール河の向こうでは、幾万の人間が死んでいることだろう。マクベスは、辛そうに目を閉じた。
「宰相閣下」
「あぁ、ありがとう。エイヴォン卿。引き続き、戦時下の財政計画の立案と、国防予算の試算に取り組んでくれ」
エイヴォンは背を向けるマクベスに一礼すると、部屋を辞した。
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