第四章 決戦前夜 第五十五話
アーデン要塞を陥落させたワイバニア軍は、アーデン盆地を抜けた最初の街であるベルゼンを苦もなく占領した。と言うよりも、市内はもぬけの殻でべルゼン市民はワイバニア軍襲来の報を知るや、いっせいに街から脱出していた。着の身着のままで脱出したのか、市民の家々の中には家財道具がそのままに残されていた。
皇帝ジギスムントはそれらの財産を兵士達に分配させようと、略奪を許可したが、街を陥落させた第三軍団長のシラーが略奪の禁止を厳命した。
「我々は侵略者には違いないが、略奪者でも、殺戮者でもない。禁を犯したものはいかに皇帝陛下がお許しになろうと、この俺が許さん」
陥落直後のベルゼンで、シラーは配下の兵士を集めて宣言した。占領後のワイバニア統治を考慮する上で、シラーの判断は正しいものであったため、外交総責任者である第二軍団長マレーネ・フォン・アウブスブルグは皇帝に進言し、略奪の禁止を認めさせた。
ベルゼンの市庁舎に前線司令部を設置したジギスムントは各軍団の兵の休養と戦力の再編のため、十日間の逗留を決定した。
「つまんなーい!!」
ベルゼン逗留二日目、ベルゼン市庁舎、ワイバニア軍前線司令部の一室にて、第七軍団長ベティーナ・フォン・ワイエルシュトラスは不服そうに叫んだ。
「はいはい」
第三軍団長のマンフレート・フリッツ・フォン・シラーは副官から渡される書類に目を通すとサインをいれていった。ベルゼン市は規模は小さいものの、市庁舎の造りはしっかりしており、軍団長の人数分の部屋を十分に確保出来る余裕があった。シラーは副市長室を執務室代わりに間借りしていた。むろん、ベティーナにも専用の部屋が与えられていたが、自分の仕事を早々と切り上げると、退屈しのぎにシラーの部屋へとしけこんだのだった。
「あ!シラー君冷たいんだ!!先輩命令よ。なんか面白いこといいなさい!!」
理不尽な先輩命令にシラーはペンを置くと、少し肩を落とした。
「先輩。先輩の序列は?」
「七番よ」
「俺は三番です。本来なら、俺が先輩に命令出来る立場なんですけど」
「だって、私は君の先輩だよ!後輩は、先輩の命令に絶対服従なの!あーもう!!つまんないつまんないつまんなーい!ハイネ君帰っちゃうしさ」
帰したのは先輩だろうが。口についた言葉を鉄の意志で封じ込めたシラーは、サインした書類を副官に手渡すとベティーナに言った。
「だいたい、先輩は仕事終わったんですか!?こんなところに来ている場合じゃないでしょう!!?」
「あら、終わったわよ。あんなの」
「え!?」
見つめていた書類から、シラーは退屈そうに足をばたつかせているベティーナに目を移した。書類の山は一週間程度で片付くような代物じゃない。シラーは改めて先輩に畏怖感を覚えた。
もともと、有能な参謀であるベティーナは兵を動かして戦うよりも、このような事務処理に長けていた。アーデン要塞攻防戦において、皇帝ジギスムントに戦況の詳細を報告した監視警戒網もベティーナだからこそ可能な芸当であった。左元帥のハンス・フォン・クライネヴァルトがシラーの他にベティーナを軍団長候補として推挙したのはベティーナのこの能力によることが大きかったのである。
「ところで、シラー君。お願いがあるんだけどぉ〜〜〜」
ベティーナは猫なで声でシラーににじり寄った。
今回から少しだけ閑話休題。コメディタッチです。
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