第一章 オセロー平原の戦い 第十五話
「今だ! 機動歩兵大隊および騎兵大隊進軍開始。目標、敵右翼。いそげ!」
霧の中、ハーヴェイは直ちに兵を動かした。
機動歩兵の移動にはもっぱら馬車が使われる。そのため、騎兵には及ばないものの、機動歩兵はそれに準じる移動速度を持ち、迅速な兵力展開に適していた。
「この霧に乗じて、仕掛けてくるぞ! 各隊、警戒を徹底せよ。偵察龍騎兵の数を増やせ!」
アンジェラは直ちに警戒を厳重にしたが、次第に霧は濃くなり、前方がほとんど何も見えなくなった。一時間後、完全な濃霧となったテンペスト湖畔でワイバニアとフォレスタルの戦端が開かれた。
先行したフォレスタル第二軍団機動歩兵一個大隊一〇〇〇名が音も立てずにワイバニア軍右翼に攻撃を仕掛けた。彼らは離れた場所で馬車を降り、大型ナイフと小型ボウガンで至近距離から敵部隊を急襲した。攻撃を受けたワイバニア兵は断末魔の声を上げることなく一人、また一人と殺されていった。
ワイバニア兵が敵の奇襲に気づき始めた頃、フォレスタル軍第二陣が突撃を開始した。機動歩兵二個大隊、二〇〇〇名からなるこの第二陣は密集隊形をとって、第一陣が攻撃したワイバニア軍右翼に側面攻撃を仕掛けた。
「大軍だ! フォレスタルの大軍だ!」
霧の中でワイバニア軍兵士は叫んだ。実際のところ、兵力で言えばフォレスタル軍よりもワイバニア軍の方が遥かに優勢だった。しかし、ワイバニア兵にこのように誤認させたのは第二陣が大声を上げながら突撃したためであった。これにより、フォレスタル軍は実兵力よりも多くの兵がいることを相手に思わせたのである。フォレスタル軍の奇襲により、ワイバニア軍右翼の戦線はたちまちのうちに崩壊した。
このままフォレスタル軍の勝利かに思われたが、ワイバニア第七軍団長アンジェラの動きは素早かった。
「右翼を後方に下げよ。左翼部隊を鶴翼陣形にして対応する。龍騎兵大隊は低空飛行し、戦場の様子と戦況を知らせよ」
彼女は司令部警備のための龍騎兵と騎兵を伝令として全て出し、指揮系統の回復させると同時に、傷ついた右翼部隊を後退させ、戦力の再編を図った。また、彼女の指揮下の龍騎兵大隊はあえて戦わずに戦場を飛び回り、戦況の把握につとめた。こうしてアンジェラはフォレスタル軍が実はそれほどの大兵力ではないことをつかんだ。
「どうやら、ここまでだな」
龍騎兵が飛来したのを見たハーヴェイは第二陣と第三陣として待機していた騎兵大隊に退却を命じた。
「遊兵を作ってしまったな。私もまだまだ完璧とは言いがたい」
ハーヴェイはぽつりと漏らした。
一方、龍騎兵からフォレスタル軍の動向をつかんだアンジェラは反撃に転じた。
「このままでは我々がこけにされただけだ。第七軍団の意地を見せてやれ」
仮面の女将軍は全軍に号令を発した。龍騎兵の威力偵察によって、敵軍の配置を把握したアンジェラは敵軍の退路を塞ぐべく移動速度の速い龍騎兵と騎兵を先行させた。
戦端が開かれて三時間、テンペスト湖の霧は次第に晴れ、次第に両軍の全貌が明らかになった。
「龍騎兵、来ます!」