第四章 決戦前夜 第四十五話
「ここは・・・・・・」
二日後、ハイネはベリリヒンゲンの自邸のベッドの上で目を覚ました。朝の陽光が窓から差し込み、純白の調度品を美しく照らしていた。
「私の部屋・・・・・・いったい、どうして・・・・・・?」
ハイネは周囲を見回した。ハイネのベッドの隣には豪華ではあるが、きらびやかでない刺繍が施された椅子があった。さらに視線を伸ばすと、レースのカーテンが風に揺れていた。ハイネは起き上がると、ガウンを羽織り、庭に出た。そこには金の長い髪を後ろに束ねた美しい女性が一人、鎧を脱いだレイヴンの頭をいとおしそうに撫でていた。
「クリスチーネ・・・・・・」
ハイネは女性の名を呼んだ。クリスチーネは声の主の姿を認めると、優しげに微笑んだ。
「ハイネ様。お目覚めになられたのですね?」
「私は、どうしてここに・・・・・・」
クリスチーネはハイネのもとに歩み寄ると、一通の封筒を手渡した。
「少し前、マンフレート様の使いの者がハイネ様にと」
ハイネはシラーからの手紙を開いた。そこにはシラーの謝罪の言葉と、式典の顛末が書かれていた。最期にハイネに2週間の休養がハイネに許されたこと、クリスチーネと仲良くするようにとの旨が記されていた。ハイネは親友の下手な字でしたためられた手紙と気持ちにいつになく優しい微笑みを浮かべた。
「あいつめ・・・・・・」
「ハイネ様。クリスチーネは嬉しく思います。久しくハイネ様とお会い出来ないと思っていたのですから」
ハイネは恋人と会えたことを素直に喜んだ。ハイネ自身、クリスチーネと過ごす時間が何よりも幸福だったのである。だが、武人としての理性がハイネに幸福な時を過ごすことをとどめさせた。未だ戦場には数千を超える部下が、恋人や家族と会えずに戦っているのだ。ハイネはすぐにでも戦場に戻らなければならなかった。
クリスチーネにすぐに戦場にもどると伝えようとした時、ハイネは二通目の手紙に気がついた。エルンストがハイネに宛てた手紙だった。
『軍団長。この度の戦いでもっとも傷つき、疲れているのは軍団長だと、軍団の者達は皆分かっています。幸い、第一軍団は戦力再編と兵力補充のため、アーデン盆地にとどまる予定です。ですから、軍団長はしっかりと休養なさってください。寂しがりやの婚約者様となかよく。 エルンスト・サヴァリッシュ』
部下達もハイネを思い、気遣ってくれている。そのことがハイネの心を打った。ハイネは観念して、休養をとることを決めた。
ハイネは恋人を抱き寄せると軽く口づけを交わした。