第四章 決戦前夜 第三十八話
激突するヴィヴァ・レオの軍の後方にマンフレート・フリッツ・フォン・シラー率いるワイバニア軍第三軍団は布陣した。
「・・・・・・ハイネには切り刻まれても文句は言えないだろうな」
シラーはひとりごちた。シラー自身、ハイネとヴィヴァ・レオの戦いを邪魔したくはなかったし、何よりもハイネがこのような行為を嫌うことを一番良く分かっていた。おそらくは、このことをもジギスムントとシモーヌは考慮に入れて勅命を発したのかもしれない。ぼさぼさの寝癖頭をかきむしりながら、シラーはため息をついた。
「軍団長・・・・・・戦況は我が軍にいささか不利かと思います。ここは一度退却してはいかがでしょうか」
第三軍団参謀長のアルバート・フォン・ヘッセがシラーに意見を述べた。しかし、どこをどう見ても第三軍団有利の戦況だとわかっていた第三軍団長副官のヘルマン・プファイルがヘッセに反発した。
「何故です!?我々は敵軍の後背をおさえており、第一軍団と挟撃すれば、敵をいち早く殲滅出来ます。極めて有利な戦況ではありませんか!?」
ヘッセは若き副官を睨みつけた。ヘッセはシラーとハイネの関係を知っていた。また、第三軍団の参謀長を長くつとめていたヘッセはハイネの人となりもよく知っており、新任の軍団長を慮って自分に責任が全てかぶるのを覚悟の上でシラーに進言したのだった。
シラーもまた、ヘッセの気持ちをよく理解していたので、副官をたしなめると、ヘッセに礼を言った。
「ありがとう。そして、すまないな。参謀長。参謀長の言う通り、我が軍団は有利とは言えない状況にある。第一軍団の臥龍の包囲は未だ完璧ではない。反転して、こちらに向かってくる可能性も考えられる。第三軍団は密集隊形のまま待機だ」
「しかし・・・・・・」
「命令だ。ヘルマン」
シラーはヘルマンに念を押した。ヘッセは戦況を黙って見守るシラーに尋ねた。
「よろしいのですか?」
「あぁ、貴官の気持ちはありがたいがな。勅令の手前もある。動けはせんよ」
「迅雷の第三軍団改め、不動の第三軍団ですか?」
ヘッセはにやりと笑うと、軽口を言った。
「不服か?」
「いえ、最高ですよ」
「ありがとう。これからもよろしく頼む。参謀長」
シラーは参謀長に笑顔で礼を言った。無精髭まじりの顔はお世辞にもさわやかとは言えなかったが、ヘッセにはそれで十分だった。以後、シラー率いる第三軍団は守勢に長け、どんな状況でも退くこともたじろぐこともない、不動の第三軍団として勇名を馳せることになる。