第四章 決戦前夜 第三十七話
「もはや……これまでか……」
近くに火勢の強まったアーデン要塞を見て、ヴィヴァ・レオは肩を落とした。メルキド軍はここに、完全敗北を喫したのだった。
「軍団長。退却出来る兵は退却させましょう。少しでも兵力は必要のはずです」
参謀長のブリオンがヴィヴァ・レオに言った。
「そうだな。第一歩兵大隊と第二歩兵大隊を残し、あとは戦場を離脱させよ」
ヴィヴァ・レオは決断を下した。だが、兵士達は戦場から離れようとはしなかった。陣形も何もかもおかまいなしで、彼らはワイバニア軍に向かって行った。
「何をしている? 早く逃げろと伝えろ」
「彼らはここで戦い、死のうと考えているのでしょう。メルキド武人の誇りと共に」
「馬鹿が……。あれでは、犬死にではないか。重装歩兵大隊を前に出せ。両翼は歩兵大隊に固めさせる。全軍、密集隊形で突撃せよ」
ヴィヴァ・レオは目頭を熱くさせながら指揮をはじめた。夕暮れが終わり、闇が空を支配し始めた刻限、メルキド軍は最期の突撃を敢行した。
「メルキド軍は突撃を開始したようです。……何と言う男達でしょう。敵とはいえ、尊敬に値します」
ワイバニア第一軍団参謀長のエルンスト・サヴァリッシュが前に立つハイネに言った。
「エルンスト」
「はい」
「わたしは今、これほど敵を尊敬したことはない」
「はい」
「そして、これほど、皇帝を憎いと思ったこともない。奴は我々の、そして、彼らの戦いを汚した」
今の自分の表情を見せたくなかったのだろう。ハイネはエルンストの方を振り返ることもなく言った。
「軍団長、お気持ちはお察しします。しかし、めったなことをおっしゃらないでください。軍団長のお立場どころか、お命すら危うくなります」
エルンストは真剣な顔つきで言った。ハイネは少しだけエルンストの方を振り返ると、笑って言った。
「あぁ、わかった。せめて、我々の手で彼らを倒そう。龍将三十六陣”臥龍”発動! 敵軍を包囲、殲滅せよ!」
眠っている龍が翼を広げた。少なくとも戦場にいた兵士達はそう感じただろう。密集隊形で突撃したメルキド軍を空と陸から包み込むようにワイバニア軍は攻撃を開始した。
ハイネとヴィヴァ・レオ。三国でも随一の戦術家同士の最後の激突が始まった。