第四章 決戦前夜 第二十九話
「……しかし、僕はそのときでも、兵を動かす気はありません」
「何故です?」
好機にも関わらず、兵を動かさないことに納得のいかないローレンツがヴィクターに尋ねると、ヴィクターはかつての師に真っすぐなまなざしで返した。
「クライネヴァルト軍団長がそれを望んでいないからです。クライネヴァルト軍団長はメルキド最強の軍団長と一人で戦うことを望んでいる。無用な横槍はあの人への侮辱になります。僕は武人として恥じる真似はしたくない」
「よく言った! それでこそ、俺たちの軍団長だ!」
豪快な笑い声と共にコンラートがヴィクターの背中を思いっきりひっぱたいた。ヴィクターは突然のことに目を見開き激しく咳き込んだ。
「コンラート! 」
「俺ぁ、軍団長の考えに賛成だ。男を下げる真似なんざ、命令されたってするかよ。お前はどうなんだ?ローレンツ」
「私も軍団長の考えには賛成だ。ただし……」
ローレンツは咳き込むヴィクターを一瞥した。それだけで、ヴィクターにはローレンツが何を言わんとしているか理解出来た。
「……は、はい。こちらが攻撃を受けた時は全力で応戦します」
息苦しそうにヴィクターは言った。
「決まりだな。ヴィクター。それじゃ、全軍に命令だ!」
「軍団長は僕なんだけどな……」
ようやく呼吸苦から解放されたヴィクターは不満そうに口を尖らせた。ローレンツもまた額に指をあて、小さく首を振った。
戦端が開かれて4時間、形勢はワイバニア軍有利に傾いていた。