第四章 決戦前夜 第二十八話
ローレンツとコンラートはヴィクターの士官学校時代の教官にあたる。豪放で大胆なコンラートの実技と理知的で論理にかなうローレンツの戦術論はヴィクターのお気に入りの授業だった。
ヴィクターが第十二軍団長に任命されたとき、彼は幕僚として二人の名を真っ先に挙げた。軍としても史上最年少で軍団長になったヴィクターには未知数な面が多く、知略と武勇の両面からの補佐役が不可欠だと考えていたため、ヴィクターからの推薦人事を二つ返事で承諾した。
尊敬する教官に出会えるとヴィクターは素直に人事を喜んだが、彼を待っていたのは士官学校時代とは違う二人だった。
コンラートは教官気分が抜けきれないのか、ヴィクターを呼び捨てか坊や扱いであったし、ローレンツはローレンツで、ことさらに自分の地位とヴィクターの地位を強調し、参謀長として一線を引いて接した。
二人とも、士官学校を出たてで、軍団長に就任したヴィクターを慮っての態度であったが、しばらくの間、ヴィクターは二人の態度の違いに頭を悩ませていた。しかし、反面楽しみも増えた。それは二人の掛け合いだった。性格が正反対である彼らは、ことあるごとに衝突を繰り返していたが、彼らの衝突はいい意味で軍団内を活性化させる起爆剤になった。くわえて、漫才にも似た平時の二人のやり取りがヴィクターにとっては何よりも微笑ましく、楽しいものになっていた。
いい軍団になったなぁ。最初は不安だったけど。ヴィクターは今が臨戦態勢であることも忘れて、優しい笑みを浮かべていた。
「軍団長。今は臨戦態勢のただ中。くれぐれも油断なさらぬように」
野太いが、どこか安心感を与える声でローレンツはヴィクターをたしなめた。
「は、はい!」
かつての教官の一言にヴィクターはつい、背筋を伸ばした。そんな軍団長にローレンツは苦笑まじりのため息をついて尋ねた。
「……それで、我々第十二軍団はどうしますか? いつでも攻撃出来る準備はできています」
「まだです。ローレンツ参謀長。敵軍右翼二〇〇〇が我々に張り付いています。こちらがいくら兵の数で勝っていても、今動けば、逆撃をくらうでしょう。第一軍団の動きを見ると、敵本隊が後退をはじめています。おそらく、近いうちにこの兵力を予備兵力として投入するでしょう。動くならこのときです」
ヴィクターの考えに理知的な参謀長は大きく頷いた。これこそが、ヴィクターが軍団長たる由縁でもあった。その洞察力と戦機の読みは同輩に並ぶものはなく、軍団長クラスと言えども、彼にかなうものは少なかった。そのため、第十二軍団は比較的弱兵でありながら、効率の良い兵力運用で戦果をあげることができていた。