第一章 オセロー平原の戦い 第十三話
同日、同時刻、オセロー平原東方はずれにあるテンペスト湖の両岸で、ハーヴェイ・ウォールバンガー率いるフォレスタル第二軍団と、アンジェラ・フォン・アルレスハイム率いるワイバニア第七軍団が対峙していた。
テンペスト湖は周囲、およそ五十キロの湖で、フォレスタル王国で第三の面積を持つ湖であった。水質もよく、魚類に恵まれたこの湖が戦場になることはなかったが、ハーヴェイはあえてこの湖を戦場に選んだ。南北にやや長い楕円形をしたテンペスト湖は兵力の展開に有利で、いわゆる距離の防壁をもって、ハーヴェイは龍騎兵を封じようと考えたのである。
龍騎兵は単体としては無敵に近いとはいえ、互いの部隊との連携と言う点では未だ課題を残していた。ワイバニアは龍騎兵だけを先行させたとしても、一個軍団が相手では龍騎兵といえども分が悪かった。ハーヴェイは敵軍がやすやすと龍騎兵を動かすまいと読んだのである。
ハーヴェイ・ウォールバンガーは四五歳になるベテランの軍人だった。もともとはメルキドの出身だったが、彼が一〇歳の頃に家族がフォレスタル王国に亡命し、亡命した後すぐに両親と死別し、路頭に迷っていたところを当時、フォレスタル第一軍団長に任命されたばかりのピットに拾われ、養子に迎えられた。名前がメルキドの様式のままであるのは養父であるピットの考えからだった。
「俺はお前を成人するまで育てるだけだ。お前を生み、危険を省みずここまで連れてきた勇敢な両親がくれた名前をお前は捨ててはいけない。忘れてはいけない」
ピットは当時一〇歳のハーヴェイに言った。
軍に入ったハーヴェイはピットの従卒として彼を良く助け、三〇年前のワイバニア大侵攻においても、大小の武勲を上げた。こうして、ピットの教えのもと、軍歴を重ねていったハーヴェイは、三五歳で第二軍団長に就任した。
ハーヴェイの用兵は極めて冷静無比だった。冷静に戦局を判断し相手の急所を的確に見抜き攻撃を与える様から、”アイスマン”ウォールバンガーの異名を取っていた。
銀色の髪をオールバックにした髪型で、その冷静な性格から極めて話しかけづらい人物ではあったが、用兵における柔軟性は養父でもあり、師であるピットすら凌いでいた。彼との連携作戦をとった軍団は、
「いて欲しい場所に部隊がいる」
「第二軍団がいる限り、隙はない」
とその連携の巧みさに信頼を置いていた。
対するワイバニア第七軍団長はアンジェラ・フォン・アルレスハイムは女性でありながら、一軍の将であった。そもそも、アルマダにおいて女性が戦場に出るのは珍しくない。重装歩兵、龍騎兵など特に腕力が必要とされる兵科は女性は存在しないが、その他の部隊には少なからず女性が存在した。
また、女性の軍団長もアルマダでは珍しくはなく、ワイバニア十二軍団のうち、四人の軍団長は女性であったし、フォレスタル第四軍団長マーガレット・イル・フォレスタルもまた女性であった。
アンジェラ・フォン・アルレスハイムは二七歳、肩までのびた金髪が特徴的な美女であった。ヨハネスと同じで上級貴族出身の彼女は本来であれば軍歴につくことはなく、帝室あるいは他の上級貴族貴族のもとに嫁入りをして一生を終えるはずであった。
だが、彼女はそれをよしとせず、家族の反対を押し切り軍に入った。彼女のずば抜けた戦術眼と巧みな指揮によって武功を上げた彼女は、若干二六歳で第七軍団長に就任したが、その代償は大きかった。過去の戦闘で、彼女は顔を斬りつけられ、消えることのない刀傷を負ってしまったのである。以来、人前に出る時は常に、目と口だけが開いた仮面で顔を隠していた。
凛として堂々と愛騎を借り、戦場を疾駆して戦う様は、神話に現れる戦女神のようであったと彼女の部下は後に語っている。