第四章 決戦前夜 第二十七話
ハイネとヴィヴァ・レオが激戦を繰り広げている戦場の遥か後方、ワイバニア帝国軍第十二軍団は方陣を敷いたまま待機していた。
「やっぱりクライネヴァルト軍団長はすごい。あのメルキド第一軍団を圧倒している」
第十二軍団長ヴィクター・フォン・バルクホルンは双眼鏡から目を離して言った。
「あの陣形転換のタイミング。よく見ておけよ。ヴィクター。ピンチをチャンスに変えるのが上位軍団長の証だからな」
隣に立っていた第十二軍団第一龍騎兵大隊長のコンラート・フォン・シュレヒトが野太い声で言った。
「ちょっと、呼び捨ては止めてくださいよ。コンラートさん。僕はもう、第十二軍団長なんですよ」
自分もまた部下をさん付けしたことを忘れて、ヴィクターはむくれ顔でコンラートをたしなめた。そのあまりに初々しい様子にコンラートは思わず破顔した。
「何言ってんだ。坊主と呼ばれないだけマシと思え。なぁ、ヴィクター」
翼竜の手綱だこまじりのごつごつした大きな手で、コンラートはヴィクターの肩を何度も叩いた。もう子どもじゃないのに。コンラートにばしばし叩かれる度、ヴィクターは顔を赤くしてむくれた。
自分の年齢の半分ほどの年齢の軍団長をからかっていたコンラートの頭を後ろから誰かが殴った。予期せぬ一撃にコンラートは振り向き、その相手を見ると、長い髪を後ろで縛った士官が立っていた。
「馬鹿が。軍団長を呼び捨てにするなと何度言ったら分かるのだ。兵達に示しがつかないだろうが」
第十二軍団参謀長のローレンツ・フルトヴェングラーだった。
「もともとは俺の生徒だった男だぞ。それぐらい大目に見てもいいだろう。ローレンツ」
「参、謀、長、だ。いかに士官学校の同期で同僚とはいえ、軍務の時は礼節を重んじろ。シュレヒト隊長」
同期の遠慮のない言葉をローレンツはぴしゃりとはねのけた。そんな二人のやりとりをヴィクターは微笑ましく見守っていた。