第四章 決戦前夜 第二十話
「ぐあぁぁぁぁ!!!」
「ぐっ!!」
バルトホルト率いる司令部直衛中隊が放った矢は正確にメルキド軍騎兵大隊の最前列の一団を射抜き、そのことごとくを落馬させた。騎兵の多くはその勢いを殺すことができず、まだ息のある味方兵を踏みつぶしたり、転んだ騎馬に後続の騎兵がつま付き、倒れていき、最前線は混乱の様相を呈していた。
「落ち着け!矢など、当たらなければどうと言うことはない!陣形を崩すな!多寡の知れた敵の直衛など蹴散らしてしまえ!!」
メルキド軍騎兵大隊長のガルフ・ストリームは部下達に言った。ここで足並みが乱れては、後続の本隊に悪影響が出てしまう。それだけは避けねばならなかった。しかし、ガルフの思いとは裏腹にメルキド騎兵は初期の交戦でわずかばかりの隙を生じさせてしまった。このことが、ワイバニア軍に時間を与える結果になった。メルキド騎兵の両翼からワイバニア軍2個騎兵大隊が攻撃を開始したのである。
「大隊長!大隊両翼がワイバニア騎兵の攻撃を受けています!我々は挟撃されました!」
「なんだと!?」
ガルフは左右を見渡した。真紅の龍の旗印。ワイバニア軍第一軍団の旗が見て取れた。
「く・・・・・・やつら、いつの間に・・・・・・」
ガルフはほぞを噛んだ。これでは、ワイバニア軍本営を急襲するどころか、逆に壊滅させられてしまう。ガルフは後退か、交戦か決断に迫られていた。
「後退だ!ここから退くんだ!!まだ戦力があるうちに・・・・・・」
「・・・・・・どうやら、虎吼は間に合ったようですな」
メルキド軍と自軍の動きを双眼鏡越しに見たエルンストはハイネに言った。ハイネはエルンストの言葉に無言で頷いた。
龍将三十六陣の一つ” 虎吼”。鶴翼陣形を虎の口に見立て、陣形中心部へと敵をおびき寄せ、両翼の騎兵大隊が機動力と突進力を活かし左右から急襲、挟撃する、攻撃力にとんだ陣形だった。
虎吼によってとどめられた敵兵力を後方からの2個歩兵大隊と、再編が終了した重装歩兵大隊と、弓兵大隊で合わせて撃滅する。これがハイネの戦略であり、その準備は着々と整えられつつあった。